PICTURE 9-21-2015

  [    THE    TEACHING     OF     BUDDHA      ]

<    BUDDHA   —    NATURE    >   NO  ,   12
<    仏( 解ける< ほどける > 身と心 ) の  種( 方法 ) >

     『  REVIEW   (   復習 ふくしゅう ) 』

「  FUNDAMENTALLY   ,   EVERYONE    HAS   A   PURE   CLEAN
    MIND   ,   BUT    IT   IS   USUALLY    COVERED   BY   THE   DEFILEMENT
    AND    DUST   OF   WORLDLY    DESIRES    WHICH    HAVE    ARISEN  
     FROM    ONE,S   CIRCUMSTANCES   .

        THIS    DEFILED    MIND   IS   NOT   OF   THE   ESSENCE   OF
     ONE,S   NATURE  ,  SOMETHING    HAS   BEEN    ADDED   ,
      LIKE   AN    INTRUDER     OR   EVEN   A    GUEST   IN    A    HOME  ,
      BUT    NOT   ITS   HOST   .

        すべての人びとには 、 清浄( しょうじょう )の本心が ある 。

  それが 、外の因縁( いんえん ・ 直接間接の 原因 ) によって
  生じる < 迷い >の< チリ 塵 ちり >に おおわれている 。

   しかし 、
  あくまでも 、 < 迷いの 心 > は 、従 であって ≪ 主人 ≫
  では ない 。

  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

   THE    MOON    IS    OFTEN    HIDDEN    BY    CLOUDS   ,
     BUT    IT   IS    NOT   MOVED    BY    THEM    AND    ITS    PURITY
     REMAINS    UNTARNISHED    .

       THEREFORE    ,    PEOPLE    MUST    NOT    BE    DELUDED    INTO
     THINKING    THAT   THIS   DEFILED    MIND    IS   THEIR     OWN
      TRUE    MIND   .

        月は  しばらく 雲に おおわれても 、
  雲に よごされることもなく 、 また 動かされることも ない 。

   だから 、人びとは 
  < 浮動 する > < ちり ( 塵 ) >のような 
  < 迷い の 心 > を 、

  自分の ≪  本心 ( ほんしん )  ≫ と
  思っては ならない 。

  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

   THE    DISTURBANCES    AND    DEFILE MENTS    OF    THE
      HUMAN    MIND    ARE    AROUSED    BY    GREED    AS   WELL   AS
      BY   ITS    REACTIONS    TO   THE   CHANGING    CIRCUMSTANCES  .

       THE    MIND    THAT   IS   NOT   DISTURBED    BY   THINGS
     AS    THEY    OCCUR   ,    THAT    REMAINS    PURE    AND    TRANQUIL
     UNDER    ALL    CIRCUMSTANCES  ,   IS    THE   TRUE    MIND
     AND    SHOULD    BE    THE   MASTER   .

        人の心の
  < 迷い ( まよい ) >や < 汚れ ( よごれ ) >は

 < 欲望 ( よくぼう ) > と < 変化する 外界 ( の 縁 ) >に
  ふれて せっして 関係して 、 生じ起こる < もの >である 。

   この < 縁 ( えん )(  外界・環境 ・ 状況 ・境遇 ・諸関係 ) >の

  < 来ること ・ 去ること  >( 去来 )に 、
  関係無く   (  まさに <  不来 不去  >  そして < 不増不減 > ・・ )
  
   永久 ( えいきゅう ) に
 ≪  動かず ・ 滅びない 心  ≫ が  < 本当 の 心 >であり 、
 ≪  主人  ≫ である 。

 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 ・  環境 に 、支配されない
   環境 から 独立した
   本当 の 自分 の 主人公 ( 自分 )である 。

    すると 、ほんとうに 慈悲深く
   やさしい 人 に、 自然に なるものである 。

    真の 仏教が めざすもので ある 。

 ・  本日は 『 敬老 の 日 』  です 。

  僭越ながら 、< 御祝い > に 、
 仏教から 見た場合の 、 「 人生の 目的 」 を
 お伝え させて いただきました 。

   ご年配の お方も 、読んでくださっているような
 気がいたしますので 、あえて、 再引用 させて
 いただきました 。

   『  本心 を つかむのが 人生 の 目的である  』

   家庭生活・ 学校生活・職業生活 ・社会生活
  を しながら < 本心 >を < 自覚 >するのが
  一番しあわせです 。

    ( 解脱 げだつ ・ 因縁解脱 ・ 自由 )
    ( 菩提 ぼだい ・ 無我 無心  )
    ( 慈悲 じひ ・ 愛し 愛され )

 ・  長生 ( ながいき ) よきかな

    無生 ( 命 の 
長短 を こえる心 の自覚 )

    さらに 、よきかな 。

 ・  < さとり >を
   おもとめ ください 。

   希望であり 、歓喜で ございます 。

   若輩 ものが、 失礼いたしました 。
  (  来年 愚僧も 60歳 、大笑い )
  (  バカ いうな、   )
  (  妄想するなかれ 。 ) 大笑い

   ・ 古人 曰く

    「 30歳 から 60歳まで
     30年間 修行学問する 。

     60歳 から 90歳まで
     30年間  教え伝えて報恩せよ 。

     それから、余生よ 。
     ただ、 遊べ 。   」

    
    すみません、 良慶 上人 。
   恩師 は 100歳 こえられても
   御修行・ 御布教 三昧で あられました 。

    バカな こと 申しました 。
   おゆるし くださいませ 。
          ( 打棒 )

  駄弁 饒舌  、 蛇足 多謝

   敬と 愛と ともに
     残月  合掌

 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

  003.JPG

  001.JPG

 006.JPG

 008.JPG

    ようこそ、ようこそ 。 ( 岐阜より )

   若者 二人 、 般若( はんにゃ )の 心 を 伝える 。
  (  1 、 2 、  0 、 そして  無限 ∞  、3 から 100 の 世界  )で
   強く 生きこと 。 (  微笑  )

   「  京都らしい  食事 ? 」  「  豆腐 かな ? 」 ( 大笑 )

    ありがとう ございました 。 合掌

  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

  011.JPG

  009.JPG

    見返り 美犬   ( 大笑 ) ( ごめん ) ( 微笑 )

  
   失礼いたします
  末筆ながら  よき一日で ございますように

  ・ 祝  「 80歳以上 、初 1000万人超えました 」 合掌

    厚顔   無恥

    愚僧 萬拝

  

   

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です