7月31日(木)  尽心とは ?  2

 「 力を つくす

   心を つくす

   己を つくす 」

   これが
   すべてでは
   ないでしょうか ?

  ( 人生にとって、
    夢幻の
    命にとって。

    また、
   短い人生に
   おいて。 )

 、、、、、、、、、、、

 「 全力を つくす

   真心を つくす

   自己を つくす 」

   それで
   どうした
   効果結果は
   あったのか ?

   それは
   どうでもいい。
   それは
   関係ない。
  ( 微笑 )

  、、、、、、、、、、

  「 思い つくす

    考え つくす 」

    あきらめない
    真剣だ
    熱意だ
    情熱だ
    執着か ?

    それでいい。

  、、、、、、、、、、、

  「 愛し つくす

    信じ つくす 」

   己を  すてる
   自分を  すてる
   自利を  すてる

   生きていけるか ?

   ためしてみる。
   ( 微笑 )

 駄弁ながら
   敬と愛を
     こめて
  残月  合掌

< 江戸時代の
  儒学( じゅがく )
  とその実践。
   昨日の
   つづき

  名君といわれた
 米沢藩主と
 儒学者の例です。

  師  平州
  弟子 鷹山

  藩を
  立て直す。
  「 学ぶ
    思う
    行う 」
  を
  一致
  ( いっち )
  させていく。

  『 勇
   ( ゆう )
   でもって
   行う  』

(  ああ
  反省です )

  勇気を
  もって
  決意
  決断、
  実行
  実践。

  責任は
  自分。
  
  失敗を
  おそれない。

  師匠を
  自分を
  信じる、から。

  なぜ、
  信じきれるのか?
  「 道 」が
  全てだから。

  「 道 」とは
  なにか ?

  「 知行
    一致 」
 ( ちぎょう
    いっち )
 で
 ないでしょうか?
 
  「 一致 」
  とは ?

  これぞ、
  「 こころ 」
  の働きか ?

  「 はたらき 」
  とは ?

  これぞ
  「 いのち 」
  なりけり。
  ( 微笑 ) >

多弁を弄し
 ました、反省し
 つつ、
 失礼
 いたします。

「 青き空
   ぬれてしたたる
     蝉しぐれ 」
    ( 残月 )

 愚僧  萬拝

   

   

7月30日(水) 尽心( じんしん )とは ?

  かたい話かも
 しれませんが、
 いつも遺言の
 つもりで
( だれも聞かない )
( どなたも
   読んでいない )
( ひとりごと )
( バカ です )
( 大笑い )
 書いているつもり
  でございます。

  何回目という
番号はございません。
いつも、何月何日と
記入しているのは
「今日だけ
 本日だけ
 一回きり 」だけ
のつもりです。
 その覚悟
でございます。
( 微笑 )

  でも、
内容テーマで
連続になっていたり
< つづき ます >
で、その日
終わってる
場合も
ございます。
< 区切り >が
できていないとい
う意味で
ございます。

  小生の
誤解が、さらに
誤解を
うみださないよう
十分注意し、反省しながら
進めているつもり
でございますが、
、、、、、、

  最終的には、
 わたしたち、
 各自が、
『 自分自身で
 考える
 自分自身で
 覚・悟る 』ことが
 人間、わたしたちの
  目的ですから、

誤解・曲解を
おそれてはならい、
と存じ、
精進いたして
いるつもりで
ございます。

 そして、たえず、
現場で
日常で
生活の中で、
立ち振る舞いの中
対話
行為
ふれあい
あいさつ
まなざし
・・・・・・・・
などを とうして
 お互い、共に、
 修正していかなく
てはなりません。

実行第一で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、、

 なぜならば、
 人の学びは
知識・技術の
修得だけではなく、

実行のための
 『 自覚
   自知 』
 が目的でも
 ございます。

   また
「 生きる
 よろこび 」を
あじあうことも
目的としたい
 この
「 和尚
  日和 」で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、

 尽心の
説明のつもり
でしたが、
 ・・・・・

 これも
ひとつの
「 尽心 」
かもしれませんが。
 ( 微笑 )
 ( 反省 )

 駄弁ながら
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 江戸時代
  のことで
  ございます。

  儒教の
  師弟の
  お話です。

  勉学を
  おえた
  弟子が
  江戸から
  ある藩へ
  向かいます。
  問題山積みの
  藩でした。

  彼が
  師匠から
  いただいた、
  餞別
  ( せんべつ )
  の言葉は

  『 尽己 』
 ( おのれ を
   つくす )
  でした。

  そして
  その後
  その弟子は
  なしとげました。

  師は、一斎
  弟子は、方谷
  実践的儒教
  陽明学の
  流れです。

   師は
  明治維新を
  かげから
  ささえています。

  愚僧は
  陽明学的
  禅僧でございます。
  ( 大笑 )

  実践実行なき
 思考は、よくない。
 ごみ、一つでも
 ひらうことが
  たいせつ、と
 いうこと。
  こまっている
 人の友となる、
  、、、、とか。
( むずかしい )
( はんせい )

 、、、、、、、、、

『 自分の力を
 つかっているか
 全力を
  だしているか?

 尽くしているか?
  こころ を
  おのれ を

 <出し尽くす> 』

 日々、
 反省したい
 もので
 ございます。 >

飛びつつ
 失礼いたします。

末筆ながら
 暑さに
  負けないように
 なさって
  くださいませ。

 愚僧  萬拝

7月29日(火)  夢幻とは ?

  「 むげん 」とは
 いったい何を
 いうのやら ?
 『 無限 』
 のことか ?
 『 夢幻 』
 のことか?

、、、、、、、、、、

 おもしろや
我( が )を
『 夢幻 』とぞ
思えれば
心( こころ )は
『 無限 』
やすらぎ
あふる

 さびしいよ
我( が )を
『 夢幻 』とぞ
思うなら
心( こころ )は
『 無限 』
きえて
なくなる

、、、、、、、、

 このわたし
この自分をば
いかがせん
至誠一貫
( しせい
  いちかん )
この道だけさ

 誠( まこと )
とは
いったい何を
いうのでしょ
自他に
正直( しょうじき )
心を尽くす

 古人いう
よき因縁は
誠から
勝縁( しょうえん )
あふる
至誠心

 勝縁は
よき出会いなり
ありがたし
物ひと事ぞ
己( おのれ )
なりけり

 至誠とは
尽心( じんしん )
にして
尽くすべし
こころ尽くして
すべてを愛す

 現代は
完全燃焼
( かんぜん
 ねんしょう )
このことか ?
されどむずかし
現代世界

 つづき ます

駄弁駄歌
 されど
 敬と愛を
 こめて

残月  合掌

< 夢幻でも
 むなしき心
 もたぬよう
 どうしたものか
 心みだれる

  そうでした
 いまここだけに
 うちこみて
 いまここだけの
 じぶんだけみる

  そうでした
 いまここだけの
 じぶんみて
 みつめつくせば
 しんぱいはなし >

 失礼いたします。

( バカいってます
   おゆるしを )

 末筆ながら、
  夏に負けない
   ように。
  小生も(微笑)

愚僧  萬拝

7月28日(月) 無生( むしょう )とは?

 無生( むしょう )とは
いったい何を
いうのだろ

無我( むが )は
聞くけど

無償( むしょう )の
愛か ?
( 大笑 )

 、、、、、、、、、

  つらくとも
 かなしかろうと
 でも いやだ
 せみがなこうが
 さわがしすぎる

  むくいなし
 やっていけるか
 このじんせい
 うばわれいきて
 いただきもせず

  くるしいよ
 いきてるだけで
 しんどいよ
 たのしみなんて
 ありはしないよ

  きょうはまた
 あつくてくるし
 四畳半
 バストイレなく
 ゴミがあふれる

  すべてみな
 このいえのせい
 くるしいよ
 いったいなんの
 せいでこうなる

  きびしいよ
 おとなはみんな
 きつすぎた
 おれのじんせい
 かえしておくれ

  おやもみな
 じぶんのために
 いきている
 おかねのためか
 きょえいのためか

  マンションの
 いちかいすべて
 おれのへや
 なんでもそろう
 ろうごくですよ

  ははのぐち
 こどものおれが
 きかされて
 いきるいよくも
 たのしみもなし

 、、、、、、、、、、

  二人とも
 苦しみ生きる
 友達で
 ともに生きても
 苦しみ消えず

  20年
 10年ちかい
 なかまです
 苦しい夏に
 悲しむ二人

  つづき ます

 駄歌なれど
  友をおもいて

 残月  合掌

<  しんだとも
  おもうがゆえに
  らいせかな
  このよのつづき
  なしとげるべし

   せいはなし
  しもないのかな
  このよには
  すべて
  まぼろし
  ゆめのまたゆめ

  このわたし
 ゆめまぼろしで
 あろうとも
 からだつらぬく
 せみのこえかな

  このわたし
 ゆめまぼろしで
 あろうとも
 あいにつつまれ
 あいにこたえる

 
  このわたし
 ゆめまぼろしで
 ないけれど
 いつかはきえる
 みとこころかな >

 お盆が
近ずいてまいり
ました。

 飛びながら
失礼いたします。

末筆ながら
 よき一日で
ございます
  ように。

 愚僧 萬拝

 

7月27日(日)  道心とは ? 7

  道心の
 反対の語は
 俗心か
「 楽・得もとめ
 長生き願う 」

、、、、、、、、、、

  その昔
 社会も国も
 未発達
 教育文化
 無くて
 あらそう

   その昔
 社会も国も
 未成熟
 飢餓病気かな
 長生きは無し

   その昔
 この世は苦し
 飢餓病気
 長生きでなく
 「 往生 」
 ( おうじょう )
 願う

  その昔
 せめて
 あの世で
 しあわせを
 この世はつらく
 不安な心

 、、、、、、、、、

  人はみな
 人の谷間で
 生きるもの
 俗の心が
 われらが
 この世

  しかしまた
 この世がつらく
 感じれば
 「 道心 」世界
 あらたに
 開く

  自分のみ
 楽しくゆたか
 どうだろう ?
 泣き声ひびく
 この世
 なりけり

  「 道心 」や
 真のよろこび
 くださいな
 つかれるこの世
 安楽ほしや

 、、、、、、、、、

  この世にて
 人の谷間の
 中にいて

  超生
( ちょう しょう )
  脱死
( だつし )
 もとめて
 生きる

 駄弁の駄歌
  されど
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 長生
  
  長生きや
 我を保ちて
 たのしけり
 無病息災
 不老不死なり

   無生

  生はなし
 我も死も無く
 なにやある
 神に仏に
 あなたがござる

   無我

  ケガ病気
 ケンカあらそい
 多けれど
 神仏しんじ
 この世
 味会う

   長我

  長い我や
 楽しきこの世
 ありがたし
 強く大きく
 たしかな我を

  ・自由な
   思考の
   ために
   駄弁
   多弁です
   おゆるしを >

 失礼いたします。

 昨日京都は
  38・3度です
  ( 大笑 )
 ( 笑えない )
 酷暑の折
  深呼吸を。

 末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

7月26日(土)  道心とは ? 6

  よく
 ハイキングの
 方々が参詣なされ
 ます。

  お元気で
 なりよりで
 ございます。

 「 歩ける内に
 元気な内に、
 歩かないと、 」

  男性も女性も
 仲間同志で
 楽しそうです。

  俳句の方々も
 絵画の方々も
 歴史探訪の方々も
  お一人のお方
  友人たちと
  ご夫婦で
  ご家族で
  10人以上の
  みなさまで、
  、、、、。

 ほんとうに、
すばらしい事です。

、、、、、、、、、、

「  時には
  坐って
 くださいませ。

  歩けなく
 なっても、
 つらくない、
  心を。

 『 動けなくても
 さびしくない心
  何もできないけど
 たのしい心を 』

  元気な内に

  つくりましょう、と

  いってるのが、
  本当の
  仏教
  仏の教え
  仏法( ぶつほう )
  仏の真理

  なのですよ。 」

 「 なるほど、
  それは、いい。 」
   ( 微笑 )

 「 般若心経
  くらい、おぼえて
  くださいませ。

   空( くう )の
  教えは
  考えは
  すばらしい
  ですよ。 」

 「 ほんとうだ

  しらなかったよ。

  そのような

  いみなのか。 」

  、、、、、、、、、、

 『  歩こう会  』
 でなく、
 ( 微笑 )

 『  坐ろう会  』
 を、
 つくろうかな。
 ( 微笑 )

  、、、、、、、、、、

  わたしたちは、
 『 長生 』
 ( ちょう しょう )
 ( ながく生きる )
 ( できるだけ、
    我をたもつ )
 ( 歓喜 )

  だけでなく
 『 無生 』
 ( むしょう )
 ( 自分は
   生きていない
   自分は
   生かされて
   いる 、
   ことを
   あじわって
   生きる )
 ( 我は 無い )
 ( 我は ただ
   の あつまり、
   ありがたい
   あつまり )
  ( 歓喜 )

    つづき ます

 駄弁ながら
   敬と愛を
  こめて
 残月  合掌

<  「 長生 」の
   『 歓喜 』と

   「 無生 」の
   『 歓喜 』と

   どちらが
   大きいの
   でしょうか ?

   いいので
   しょうか?

   平等
   なのでしょうか?

   山寺
   大悲閣の
   釣鐘
   ( つりがね )
   がございます。

   『  超生
      脱死 』の
   四文字が
   ございます。
   ( ちょうしょう
     だつし )
   ( 生きること
     に
     とらわれず
     ふりまわ
     されず
     超えて、

     死の不安
     恐怖から

     自由になる )

   ( 自暴自棄
     でなく。大笑 )
   ( 勝手気まま
     でなく。大笑 )
   ( なげやり 
     でなく。大笑 )

   すごい
   文字・言葉
   思考・思想
   教え・こころ

   猛暑の折
   このようなことを
   考えると

   涼しく
   なるかも
   しれません。
   ( 微笑 ) >

 飛びつつ
   失礼いたします。

  末筆ながら
    よき一日で
   ございます
   ように。

 愚僧  萬拝
   しれません
 

   

7月25日(金)  道心とは ?  5

  道心とは
 いったい何を
 いうのでしょ?
 我が人生は
 しあわせである

 ・ よけいな
   ことぞ。
   道心
   なんて。

   後は
   長生きする
   こと。

 、、、、、、、、、、

  山寺ですので
よくハイキングの
方々がお見えです。

  60歳代
  70歳代
 お元気な方々が
 いっぱいです。

  ほんとうに
 おしあわせそう
 でございます。

  いい社会
 いい国家
 日本。

  東アジアの
 日本列島で
 ございます。

 、、、、、、、、、

 知り合いの
八百屋さんに
聞きました。
 90歳代の
常連さんがいるよ
何人も。
100歳こえている
お方もいるよ。
つきそいの人と
いっしょだけど。

 小生
おどろきました。
すばらしい。

 、、、、、、、、

  しかし、
 よく見れば
 よく聞けば

  苦しみ
  悲しみ
  に満ちていて

  また
  問題
  課題
  困難
  は山積みです。

  世界のみならず
  日本も
  二極化している
  のでしょうか ?

 「 よい人は、よく
  わるい人は、わるい
  環境も
  境遇も
  収入も
  関係も
  学校も
  交友も
  健康も
  、、、、
  、、、、  」

  しあわせだけど
  しあわせと
  は、
  いえません。

 「 自分は
  幸福だけど、

  幸福とは
  思えない、

  思っては
  ならない 」

  これも、
 『 道心 』
 では
 ないでしょうか?

  自分だけの
 世界だけで
 満足しない、

 満足できない
 ということ。

、、、、、、、、、

 「 やさしい
  まなざし。

   やさしい
  ことば。

   やさしい
  しせい
  たいど
  おもいやり。

  むげんに
  ひろがる
  やさしさよ。」

 「 やさしさに
  つつまれ
  いきる
  わたしたち

  やさしく
  いきて
  なにかを
  つつむ

  つつまれ
  つつむ、
  つつみ
  つつまれ、

  ひかりの
  せかい  」

駄弁ながら
  敬と愛を
  こめて

残月  合掌

≪ 「 禅定 」
 についてが、
 進んでません、
 忘れては
 ございません。
  ( 微笑 )

  日常生活
 を、ひとつ
  ひとつ、
  ていねいに
  あまり
  失敗せず
  してでも
  訂正し
 進むことも
 非常に
 大切です。
 なぜならば、

  仏教は
 三つの学問あり。

 1、 戒学
 2、 定学
 3、 慧学

 1、 日常生活を
    ととのえる
    欲ばらず
    なまけず

  < すると >

 2、 心が落ち着く
    思いが
    乱れにくい
    思いが
    へってくる
  ( 禅定について)

  < すると >

 3、 智慧が、
    わいてくる
    不満不服の
    前に
    工夫を。

    まわりを
    かえる前に
    自分が
    たえず
    かわる。

 <  すると >

    、、、、、、

    、、、、、、、

 つづき  ます  ≫

 失礼
 いたします。

  猛暑の折
 御無理
 なされないように。

 愚僧   萬拝
 
 

7月24日(木) 道心とは ? 4

  求「 道心 」
 ( きゅうどうしん )
 近ごろあまり
 聞きませぬ
 ・若きひとびと
  迷いないのか

 ・大人の人は
  満足なりや

 ・老人がたは
  チャンス到来
  ( 道もとむ )

 、、、、、、、、、、

 「 大人 」とは
 ( おとな )
 天地の間
 どっしりと
 泰然自若
 ( たいぜん
   じじゃく )
  動かぬ心

 「 大丈夫 」
 ( だいじょうぶ )
 権力権威
 動かせぬ
 損得なんて
 知らないよ
 < 本来の意味 >

  大丈夫
 立派な人を
 しめすなり
 己が信じる
 道、歩むかな

  「 聖人 」や
 ( せいじん )
 自分の非 知る
 「 ヒジリ 」さま
 耳を呈して
 教えをさがす

 、、、、、、、、

  手本みて
 よりよき自分
 さがすなり
 よりよき自分
 育ててつくる

  向上心
 ( こうじょう
   しん )
 近頃聞かぬ
 言葉なり
 心は無限
 成長すなり

  成長は
 からだ、とまれど
 こころ では
 たえず成長
 「 成仏 」
 ( じょうぶつ )
 めざす

  成仏は
 いったい何を
 いうのだろ
 「 人格完成 」
 ( じんかく
   かんせい )
 この言葉かな
   < 微笑 >

  成仏は
 自分を愛し
 そしてまた
 自分以外の
 全てを愛す

  成仏は
 愛し愛され
 そしてまた
 信じ信じられ
 自分は消える

  人は死ぬ
 愛し愛され
 そしてまた
 信じ信じられ
 「 成仏 」すなり

   つづき ます

またしても
  駄弁の駄歌
   おゆるしを

 残月  合掌

< 20歳代
  前半、
  友人の
  下宿でした。

  朝のテレビ
  番組です。

  ある老人が
  出てました。

  禅の修行を
  なしとげた
  お方でした。

  、、、、、、

  この人物の
  たたずまい
  雰囲気
  話し方

  「 ああ
   すばらしい

   このように
   なりたいな 」
  と
  思いました。

  僧侶では
  ございません。
  ( 微笑 )

  『 花は紅
    柳は緑

    花は
    くれない
    柳は
    みどり 』

   禅語
   ( ぜんご )
   の、基本の
   基本みたいな
   言葉です。

  「 ありのままを
    ありのままに
    あじあう
    うけいれる 」

   ような意味です。

   基本で、
   かつ 終点か?

   「 社会的には
     あまり
     意味は
     あまり
   ございません
     ( 微笑 ) 」
   と。
  、、、、、、、、、

  数年後の夏
  京都の北の
  山奥の
  道場に
  いました。

  珍しく
  腹痛に
  おそわれ
  大きな風呂場
  で
  ころがり
  もだえました。

  残念ながら
  次の日に
  帰りました。
  ( 笑 )

  数日後
  先ほどの
  テレビの老人が
  亡くなったこと
  を知りました。

  それが、
  なんと、
  小生が
  腹痛に
  苦しんでいた
  時刻だったのです。

  妙な心ですが、、

  小生、
  痛かった事
  なのに、
  もしかしたら、
  同時刻に
  苦しみを
  味会っていた
  のかなと、
  なんだか
  嬉しい気分に
  なりました。
   ( 微笑 )

  今でも
  なんだか
  うれしい。
 
  奇妙な心です。
   ( 大笑 )>

 わたくしごとで
   すみません。
 失礼いたします。
  末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

   
 

7月23日(水)  道心とは ? 3

   道心や
  死を考える
  今宵かな

   死の一字
  見つめる事も
  大事なり
  見つめながらの
  晩御飯かな

   死とはなに
  自分が消える
  ことなのか
  意識に体
  はなれることか?

   死をむかえ
  不安なければ
  うれしけり
  その心境を
  つくりたいかな

   死をおもう
  食う寝ることや
  なにもかも
  しばしはなれて
  心にふれる

   なにもせず
  いきととのえて
  せみをきく

   なにもせず
  はだかになりて
  たってみる

   なにもせず
  死んだ自分を
  おもいます

   なにもせず
  おもいをはなれ
  こころにふれる

   なにもせず
  いきてあるだけ
  ほとけかな

   なにもせず
  せめていのりと
  こころかな

駄歌なれど
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 物をみる
  活かせ
  ないかと
  考える
  知恵を
  しぼりて
  物を
  愛する。

  物をみる
  捨ててしまえば
  簡単だ
  捨てれぬ心
  物が
  あふれる。

  物をみる
  執着なのか
  煩悩か
  捨てれぬ心
  しばし見つめる

  物をみる
  活かせないかと
  考える
  活かせないほど
  小さき自分

  物をみる
  大量生産
  物ばかり
  活かせないなら
  合掌
  供養

  物をみる
  物心一如
 ( ぶつしん
    いちにょ )
  楽しけり
  一如は空で
  光をはなつ  >

  失礼いたします。
末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

7月22日(火)  道心とは ? 2

  人間は
 自分のために
 生きていて
 自分だけとは
 つらき生活

  人はみな
 何かのために
 生きていて
 しかし自分は
 何ものだろか

  人のため
 とはいうものの
 おおざっぱ
 あなたのためと
 愛をささげる

  自分とは
 重たい自分
 いやになる
 軽い自分も
 たのしくはなし

  もとめます
 いったいなにを
 もとめます
 目の前にある
 赤きニンジン
  ( 微笑 )

  もとめない
 もとめなくても
 いきれるか?
 2,3日でも
 ためしてみよか

  古人いう
 のまず
 くらわず
 はたらかず
 かぜにふかれて
 なにもおもわず
   ( 笑 )

  もとめない
 役割だけを
 みつめます
 使命天命
 これはしあわせ

  あれだろか?
 これなのだろか?
 どちらかな
 あれこれともに
 あれだこれだぞ
   ( 大笑 )

  まよいます
 まよい苦しむ
 ひとにのみ
 苦しみの味
 こころにしみる

  これだこれ
 やっぱりこれだ
 これでいく
 これを道だと
 いうのだろうか?

  真理こそ
 人びと歩く
 道なのか ?
 どこの真理か
 なんの真理か

  ひとはみな
 あなたのために
 いきている
「 あなた 」はなんぞ
 なんだろでしょか
  ( 微笑 )

   つづき ます

駄歌なれど
  敬と愛を
   こめて

<  生き方
 
 生きること
 生きていること
 生きつづけること

 たくましく
 生きる

 つよく
 生きる

 よく
 生きる

 ずるく
 生きる

 わるく
 生きる

 かしこく
 生きる

 いわれるままに
 生きる

 感情のまま
 生きる

 打算損得で
 生きる

 愛して
 生きる

 信じて
 生きる

 疑って
 生きる

 ただしく
 生きる

 たのしく
 生きる

 くるしみ
 生きる

 わらって
 生きる

 おこって
 生きる
 、、、、
 、、、、

 すべて
 わたしたちの
 生き方です
 

 「 生まれきて
  育ててもらい
  守られて
  教えてもらい
  生かされて 」

  よかったと
  心の底から
  感じ
  思いたいもので
  ございます。

  みんなみんな
 どなたもみんな。

  そう感じ
  そう思える
  生き方が、
 「 道心 」ある
  生き方と、
  いうのかも
  しれません。

  また
 「 幸福 」なの
 かもしれません。

 つづき ます >

失礼いたします。
  末筆ながら
 よき一日で
  ございます
  ように。

 愚僧  萬拝