6月29日(日)  信仰とは ? 15

   昨日の駄歌  1

「  信仰や
  祈りの心
  美しく
  乱れる思い
  しばし休める  」

   祈りとは
  いったい何を
  いうのだろ
  「 思い 」
  と 「 こころ 」
  「 現実 」
  一つ

   苦しみは
  心と思い
  バラバラで
  言葉と行為
  これもバラバラ

   なぜだろう
  「 思い乱れる 」
  原因は
  やっぱりここで
  「 閑坐 数息 」

 、、、、、、、、、、、

  昨日の駄歌  2

 「  美とは何 ?
   思いが消える
   その時か
   調和の世界
   しばし休まる 」

    この思い
   消えるというは
   どんなこと
   自分を無くす
  ( 慈悲の世界か )
    < 微笑 >

  ( 宇宙と一つ )
    < 歓喜 >
  ( 自己の放棄や )
    < 反省 >
  ( 無責任とか )
    < 注意 >

    利己心や
   エゴの思いが
   消えたなら
   一生安楽
   極楽世界
    < 大笑 >

 、、、、、、、、、、、、

  昨日の駄歌  3

 「  変化する
  その奥をみる
  これこそが
  『 観 』の
  目にして
  こころ休まる  」

   いいわるい
  そんだとくだと
  ちいさいぞ
  このものさしは
  どこからおこし

   現実を
  夢( ゆめ )
  幻( まぼろし )と
  かんがえて
  心をこめて
  毎日いきる

   現実を
  「 無相 」ととらえ
  ( むそう )
  我( われ )も無し
  心の極地
  生も死も無し

  ( おそろしや
  ( おゆるしを
  ( みじゅくなれども
  ( けいあい、こめて。
  ( このよのなかが
  ( くるしみに
  ( あまりに
  ( みちているから。。)

    生は無く
   死もまた無くて
   なにが有る
   ただただただた
   仏のひかり
     ( 合掌 )

    つづき ます
   ( 信仰とは?
   ( 終わるつもりが
   ( 笑、はんせい )

 駄弁を弄して
   しまいました
     おゆるしを。
   残月   大合掌

<  ちょっと奥に
  もっと深い
    京都

   俗世を抜けて
 ≪ 違う自分 ≫に
   会える場所  

   嵐山 大悲閣
   千光寺  >

   ありがたい
    お言葉
   そのような寺院に
    成長していきます
    よろしく
    お願い申し上げます。

   「 千光や
    仏のひかり
    かぎりなく
    千手観音
    あなたをまもる 」
     

  長くなりました、
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
    ございますように。

  愚僧   萬拝

  

    

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