6月30日(月) 信仰とは ? 16

  一昨日の駄歌

 「 我(われ)あれど
  < ちから >を
  ぬいて
  神まかせ
  仏しんじて
  からだ休める  」

   我があり
  < ちから >を
  こめて
  神まかせ
  仏しんじて
  だらだら生きる

   日常は
  日々の生活
  お仕事は
  「 心をつくし
    己をつくす 」

   人に会い
  物にふれあい
  ていねいに
  心と体
  ひびきとけあう

    幸福は
   人物事の
   つくしあい
   命ひびいて
   神仏うれし

    誠実や
   ごまかしはなく
   たすけあい
   まちがい弱さ
   ともに おぎなう

    燃焼か ?
   心に体
   なにもかも
   力をつくし
   何かのために

   「 何のため 」
   複雑怪奇
   この世にて
   どうしてよいか
   わからぬ自分

   「 何のため 」
  ここを、きわめる
  修行かな
 < ゴミをひろうは >
  天地の真理

   真理こそ
  自分をささぐ
  ものにして
 < ゴミをおとすな >
 < ゴミをつくるな >

    つづき  ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛を
   こめて
 残月   合掌

<  夏がきて
     愛犬あばる
       命かな  
      ( 大笑 )

  いのちこそ
   ありがたきかな
           >

  失礼いたします
   末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝
  
 

6月29日(日)  信仰とは ? 15

   昨日の駄歌  1

「  信仰や
  祈りの心
  美しく
  乱れる思い
  しばし休める  」

   祈りとは
  いったい何を
  いうのだろ
  「 思い 」
  と 「 こころ 」
  「 現実 」
  一つ

   苦しみは
  心と思い
  バラバラで
  言葉と行為
  これもバラバラ

   なぜだろう
  「 思い乱れる 」
  原因は
  やっぱりここで
  「 閑坐 数息 」

 、、、、、、、、、、、

  昨日の駄歌  2

 「  美とは何 ?
   思いが消える
   その時か
   調和の世界
   しばし休まる 」

    この思い
   消えるというは
   どんなこと
   自分を無くす
  ( 慈悲の世界か )
    < 微笑 >

  ( 宇宙と一つ )
    < 歓喜 >
  ( 自己の放棄や )
    < 反省 >
  ( 無責任とか )
    < 注意 >

    利己心や
   エゴの思いが
   消えたなら
   一生安楽
   極楽世界
    < 大笑 >

 、、、、、、、、、、、、

  昨日の駄歌  3

 「  変化する
  その奥をみる
  これこそが
  『 観 』の
  目にして
  こころ休まる  」

   いいわるい
  そんだとくだと
  ちいさいぞ
  このものさしは
  どこからおこし

   現実を
  夢( ゆめ )
  幻( まぼろし )と
  かんがえて
  心をこめて
  毎日いきる

   現実を
  「 無相 」ととらえ
  ( むそう )
  我( われ )も無し
  心の極地
  生も死も無し

  ( おそろしや
  ( おゆるしを
  ( みじゅくなれども
  ( けいあい、こめて。
  ( このよのなかが
  ( くるしみに
  ( あまりに
  ( みちているから。。)

    生は無く
   死もまた無くて
   なにが有る
   ただただただた
   仏のひかり
     ( 合掌 )

    つづき ます
   ( 信仰とは?
   ( 終わるつもりが
   ( 笑、はんせい )

 駄弁を弄して
   しまいました
     おゆるしを。
   残月   大合掌

<  ちょっと奥に
  もっと深い
    京都

   俗世を抜けて
 ≪ 違う自分 ≫に
   会える場所  

   嵐山 大悲閣
   千光寺  >

   ありがたい
    お言葉
   そのような寺院に
    成長していきます
    よろしく
    お願い申し上げます。

   「 千光や
    仏のひかり
    かぎりなく
    千手観音
    あなたをまもる 」
     

  長くなりました、
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
    ございますように。

  愚僧   萬拝

  

    

6月28日(土)  信仰とは ?  14

   信仰や
  自分と人を
  信じます
  悪人なんぞ
  いやしないぞと

   毎朝の
  新聞に読む
  できごとは
  個人の罪と
  周りの罪も

   条件と
  原因あれば
  罪をなす
  よき条件を
  よき原因を

 、、、、、、、、、、

   信仰や
  祈りの心
  美しく
  乱れる思い
  しばし休める

   「 美 」とは何 ?
  思いが消える
  その時か
  調和の世界
  しばし休まる

   変化する
  その奥をみる
  これこそが
 「 観 」の目にして
  こころ休まる

   我(が)あれども
  「 ちから 」を
  ぬいて
  神まかせ
  仏しんじて
  からだ休める

    つづき  ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛を
   こめて

  残月  合掌

<  俗 と 聖

  「 聖 」とは ?

   耳を 呈(てい)
    する。
   
    つまり
   謙虚な気持ちで、
   心を開き、
   耳を
   かたむける。

  「 神仏 」の声・
     ひびき を
    聞こうとする。

   ( 神仏とは? )
   ( 微笑 )

     つづき  ます>

  飛びつつ
   失礼いたします
  末筆ながら、
   よき一日で
   ございますように。

  愚僧   萬拝
   

6月27日(金)  信仰とは ? 13

    昨日の
  二つというは
  美意識と
  世界観なり
  たいせつな事

   美意識は
  変化するなり
  生活を
  ささえはぐくみ
  安心のもと

   靴( くつ )
  をぬぐ
  次のためにと
  そろえます
  だれかのために
  すみにおくかな

   トイレにて
  紙を三画
  おってくる
  次の人への
  おもいやりかな

   自分から
  自分自身から
  はなれます
  そうだその時
  ゴミひらう人
    ( 大笑 )

   死ぬかもね
  だったらもっと
  したいもの
  整理整頓
  ああ恥ずかしや
   ( 拙僧が )

   死を思う
  この生活は
  ありがたし
  この職場にて
  我つくすかな

   絶景や
  思いは消える
  うつくしさ
  この心こそ
  ああ
  語れない
   ( 微笑 )

  、、、、、、、、

  世界観
 人生観の
 「 観 」こそが
 大切な事
 ともにつくろう

  「 見 」と
 「 観 」
 なにが違うか
 おもしろい
 「 女性観 」とか
 「 男性観 」を

   わたしたち
  思考なくす
  ことをせず
  信じ考え
  行為するかな

   つづき ます

駄弁の駄歌
  されど
   敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

<   俗と聖

   俗人と聖人

   どこが
   ちがうのか ?

   聖人は ( ひじり )、
   自分の
   「 非 を 知る 」
   「 自分の
     欠点を
     知り
     よくしたいと
     願う人 」

    つづき  ます>

  またしても
   飛びながら
    失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
     ございますように。
 愚僧   萬拝
 

6月26日(木) 信仰とは ? 12

  抹香の
 くさい話は
 終わりたし
 されど二つや
 まだ、気にかかる
   ( 大笑 )

 6月23日の駄歌

 「 ねがわくば

  <美しく生き
   そしてまた
   美しく死ぬ>
  
  ( ああ )
  むずかしこの世
 ( むずかし人生 )」

   人生の
  美しさとは
  なんだろか?
  いさぎよさ、ぞと
  古人いうなり

   いさぎよさ
   ( 潔さ )
  いったい何を
  いうのやら
  「 清風 名月 」
  ( せいふう
      めいげつ )
  情景うかぶ

   われわれは
  人の谷間に
  生きる俗
  物に埋もれて
  心忘れる

   『本来』の
  ( ほんらい )
  心はいつも
  名月さ
  清き風ふく
  われらが大地
    ( 微笑 )

 、、、、、、、、、、

  ちいさな美
 ここに感動
 歓喜する
 この心こそ
 人のしあわせ

  この指は
 いったいだれが
 つくりしや
 いたんだ指も
 美しきかな

  すべてすて
 すべてはなれて
 みてごらん
 きいてください
 なにかのひびき

  大自然
 大都会でも
 感動す
 されど自然が
 土台のわれら

   つづき ます

駄弁の駄歌
  されど
  敬と愛を
   こめて
 残月  合掌

<  ちょっと奥に
  もっと深い京都、

  俗世を抜けて
  ≪ 違う
     自分≫
   に会える場所 >

  どうぞ、
  風情ある
  路面電車で、
  嵐山へ
  おこしください
  ませ。
    ( 微笑 )

 「 ちょと奥
  ちょと深くの
  自分しる
  ありがたきかな
  有難きかな 」
         
   つづき ます >

 飛びつつ
  失礼いたします
 末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝

  

6月25日(水)  信仰とは ? 11

  昨日の駄歌

 「  信仰や
  人生の旅
  色々で
  神仏みかた
  一番の友 」

 「  神仏や
  いったい何を
  いうのだろ
  『 一で全て 』さ
  『 ゼロで
     無限 』さ 』

  、、、、、、、、、、

   真実は
  全ては変わる
  ことである
  我(われ)も
  かならず
  消えるものかな

   真実や
  虚無(きょむ)に
  おちいず
  ひとすじに
  自分を愛す
  全てを愛す

   この我を
  消えゆく我を
  どう愛す
  ここを静かに
  考えつくす

   我汝
  (われ なんじ)
  みとめ信じて
  愛しあう
  自分が消える
  この喜びよ

   自他一如
 ( じた いちにょ )
  自分も他者も
  無かりけり
  光あふれる
  信仰世界

    光とは
  いったい何を
  いうのだろ
 『 閑坐 』
 『 数息 』
 ( かんざ
   すうそく )
 『 自然と一つ 』
   ( 歓喜 )

   つづき ます

駄弁駄歌
  されど
  敬と愛を
  こめて
残月  合掌

<  俗世ぬけ
  ≪ ちがう自分 ≫に
   あえる場所
   奥嵐山
   大悲閣とは

   ありがたや
  責任重大
  覚悟する
 「 こころ 」 と
 「 からだ 」
  つかい尽くせよ

 ≪ ちがう自分 ≫
  とは ?
  なんだろう ?

   つづき ます>

飛びながら
  失礼いたします
 末筆ながら
  よき一日で
 ございますように

愚僧  萬拝
  ございますように

6月24日(火)  信仰とは ? 10

   昨日の駄歌

 「 むずかしさ
  ひるむことなく
  ちょうせんす
  十方三世
  神仏 みかた 」

  、、、、、、、、、

   信仰や
  人生の旅
  色々で
  神仏 みかた
  一番の友

   神仏が
  友であるなら
  おこられる
  先生ならば
  すべては友さ

   神仏や
  いったい何を
  いうのだろ
 『 一で全てさ 』
 『 ゼロで
     無限さ 』
   ( 大笑 )

   信仰や
  神仏をみる
  きくことさ
  心さだまり
  しあわせ
  みちる

   苦しけど
  神の子であり
  仏の子
 『 人 』は人の子
  だけではあらず

   神仏に
  親のようにと
  願います
  やっとどうにか
  人になるかな
    ( 大笑 )

   神をみる
  仏をみるは
  なんだろう ?
  全てを愛し
  全て友達
   ( 微笑 )

    つづき ます

   信仰と宗教と
  神仏と脱俗と
  いい社会つくり
  いい人間になる
  こと が、
  一つになってる
  みたいで、
  ( 本当は
    一つです )
  混乱混沌
  しそうですが、
  どうか
  おゆるしください
  ませ。

  駄弁の駄歌
   されど
   敬と愛を
    こめて
 残月  合掌

<  昨日の
  つづき です。

  あるチラシです。
  ありがたい。
  うれしい。
  責任重大です。

  『 もっと奥に
    もっと深い
    京都

   嵐山
   大悲閣
     千光寺

   俗世を抜けて
  < 違う自分 >に
  会える場所  』

   なんと、
   愚僧の気持ち
    心と同じです。

   京都の路面電車
   の会社の制作です。

   ありがたい事で
   ございます。
   心より
   感謝申し上げます。

   明日、つづきます。>

 飛びつつ
   失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝

6月23日(月)  信仰とは ? 9

   昨日の駄歌

 「  世の中は
   おどしあせらせ
   つかれさせ
   悲しき俗世
   しばし
  < 脱俗 >
  ( だつぞく ) 」

 、、、、、、、、、、、

   信仰や
  食事睡眠
  生活し
 < 欲 >の
  調整
  大仕事なり

   人は死ぬ
  いや違うかな
  「 自分 」なり
  『 わたしは
    死ぬぞ
   何月何日 』

   自分自身
  はじめは、どこで
  おわりとは?
  その間には
  何、
  思うべき。

 、、、、、、、、、、、

   ねがわくば
 「 美しく生き
  そしてまた
  美しく死ぬ 」
 ( ああ )
  むずかし
  この世。

   むずかしさ
  ひるむことなく
  ちょうせんす
  十方三世
  神仏、みかた。
   ( 大笑 )

  註、十方三世。

    あらゆる
     空間。
     四方
     八方
     上下

     過去
     現在
     未来、
    あらゆる
     時間。

    つづき ます

 駄弁の駄歌
   されど
   敬と愛を
     こめて

  残月  合掌

<  あるマスコミの
   取材でした。

    了以翁に
   関することです。

   「 渡月橋の
    上流の山中に

    寺院を
    つくったの
    ですから、

    翁の
    < 脱俗 >の
    心も
    伝えて
    くださいませんか 」

    没 でした。
    残念 ( 微笑 )

     ところが、
    どうでしょう、
    驚き
    歓喜すべき事が
    発生いたしました。
    2・3日前。

      明日に
    つづき  ます。 >

  飛びつつ
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝

6月22日(日)  信仰とは ?  8

  昨日の駄歌

 「  現実は
   なかなか困難
   理想は遠い
 < 希望・忍耐 >
   しっかり保つ 」

 「  無我と空
   人のやすらぎ
   ここにあり
   されどこの世を
   花園となす 」

 、、、、、、、、、、、

   信仰は
  希望・忍耐
  たもつこと
  大きな心
  はたらく手足

   希望とは
  自分自身を
  すてぬこと
  この世の中を
  すてぬこと

   欲をすて
  願いに生きる
  わたしとは
  自分をすてて
  自分をたもつ

   忍耐は
  いったい何を
  いうのだろ
  結果あせらず
  天地の心

   世の中は
  おどしあせらせ
  つかれさせ
  悲しい俗世
  しばし「 脱俗 」

 、、、、、、、、、、

   無我空を
  ( むが くう )
  語る寺院の
  大きさよ
  言葉をすてて
  慈悲に生きたし

   無我と空
  心、しずかに
  理解する
  天地の慈悲が
  体にしみる

    空にたつ
   ( くう )
  光をあびて
  たのしけり
  やさしい笑顔
  やさしい言葉

   つづき ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛をこめて

 残月  合掌

<  本日
  6月22日は
  了以翁の
   長男、
  ( 素庵さま )の
  命日で
  ございます。

  寛永9年
  ( 1632年 )の
  ことでございます。

  本墓は
  京都 嵯峨
  あだしの
  念仏寺に
  ございます。

  竹林の中の
  立派な
  墓石で
  ございます。

   とても
  すばらしい
  生きざまで
  ございます。

   人間
  私たちの
  この世において
  俗世の悲苦喜楽
  にいて
  俗世に
  しばられない
  「 脱俗 」
  「 超俗 」の
  心を、
  貫き通された
  ような気が
  するからで
  ございます。

   つづき ます >

 雨ですが
   飛びながら
  失礼いたします。

  末筆ながら
 ともに、よき一日で
  ありたいもので
   ございます。

 愚僧  萬拝

6月21日(土)  信仰とは ? 7

   悲しみや
  つらき現実
  ありまする
  ここで「 忍耐 」
  理想のために

   悲しみや
  つらき現実
  ありまする
  ここで「 希望 」を
  理想のために

   現実は
  なかなか困難
  理想は遠い
 「 忍耐・希望 」
  しっかり保つ

   現実と
  理想のすき間
  つらき事
  あきらめないぞ
  これぞ信仰

   心でも
  すき間生じる
  ことがある
  理想を信じ
  大志をいだく

   やけっぱち
  自己放棄かな
  苦しさよ
  何かを信じ
  心をまもる

   信じます
  天地の流れ
  とうとうと
  命と心
  守りてやまぬ

   我をすてて
  天地の流れ
  感じれば
  現実・理想
  正しくたもつ

   正しさや
  いったい何を
  いうのやら
  むずかし事ぞ
 「 無我 」のみ
   のこる

、、、、、、、、、、、、、

   無我はなに
  いったい何を
  いうのやら
 『 自分をすてて
  まわりに尽くす 』

 『 神を感じて
  すべてを愛す 』

 『 仏に出会い
  感謝にいきる 』

 『 食って食らわず
  泣いても泣かず 』
     ( 大笑 )

 『 正義・大我に
  つかれて休む 』

 『 利益をもとめ
  つかれて眠る 』

 『 なすべき事は
  なにも無いです 』

 『 あるがままなり
  この世で遊ぶ 』

 『 理想郷をば
  作る仕事さ 』

 『 信仰ですぞ
    嫌いも愛す
  ( 苦痛をにげず )
  ( 楽におぼれず )
  ( 結果をしらず )
  ( 損得しらず )
  ( 増減しらず )
  ( 老死をしらず )
  ( 有無をしらない )
  ( 過去をしらない )
  ( 未来をしらず )
  ( 自分をしらず )
  ( あなたをしらず )
  ( 何も知らない )
  ( 何も持たない )
   、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、

   無我と空
  人のやすらぎ
  ここにあり
  されどこの世を
  花園になす

 駄弁の駄歌
  されど
   敬と愛を
    こめて
 残月  合掌

<  本日は
  夏至( げし )で
  あり、
  風流なことを
  おはなし
  しょうと存じましたが
  昨日で
  「 信仰 」が
  終わって
  しまったと
  感じられては
  よくないと
  存じ、
  バカな
  話になりました。

  わかりきった事
  かと存じます。

  実行実践が
  大切です。

 「 ともに、
  この世で
  この時代で
  この社会で、

  自分と社会と
  世界と
  あらゆる存在と

  いかしあい
  たすけあい
  ささえあい
  みとめあい
  はげましあえる

  生き方 」
  ( 理想 )を
  していこうでは
  ございませんか。

  「 不可能 」
  「 無理 」
  「 むだ 」
  では、
  ございません。

  「 可能です 」
  「 無理でない 」
  「 むだ でない 」

  『 信じます 』
  この理想を
  信じます。

  理解をこえて
 『 信じること 』
 が、大切なようです。
  行為のために。
  

  でも、まず、「 理解 」を
  ともにしたいと
  存じます。
  ( 人間について )
 

   つづき ます >

 本日は
   蓮華の美しさを
    語りたかったです。
    ( 大笑 )

  失礼いたします
   末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝