12月31日(火) 「 倍返し 」 について。

    今年、テレビドラマ での、セリフとか 。

    愚僧は、学生時代に読んだ本の話を、
  思い出しました。  いい御話だなと、感じました。
  昔の事なのでしょうが、昔が今より、いい世の中
  だったのでしょうか ? 貧しくて 。

   「  貧しさ  」 が、いいわけでは、
       ないですが。

   その昔、ある僧が法要に呼ばれました。
 御祝いでしょうか ?  でも、「 御祝い 」の
 御金を用意できません、そこで寺の世話方に
 相談して、お借りして、どうにか行けたそうです。

   御手伝いの御礼を、いただいてきました。
 開けてみますと、倍の金子(きんす)だったそうです。
  まさに、「 倍返し 」 です。
『  きっと、だれかに借りて、来てくれたのだろう  』
 と感じた、察した方の、
 やさしい、粋なはからいで、ありました。
  一つは、返済。一つは、御礼。
          ( 涙 こぼれる )

   寺の世界で、まだあるのか存じませんが、
 いい御話で、ございます。

     昔の面白い御話です。
   『  貧僧 の 重ね とき( 法事後の食事 )  』
食事に、ことかく 貧しい僧が、ありがたい食事を
いただく事になりました。 すると、もう一軒の
食事にも呼ばれる事となりました。 「 ああ、重なった。
明日か、明後日のほうだったら、いいのになー 」の気持ちです。
   学生時代も、思い出します。 ( 微笑 )

    『  学道は、すべからず、貧なるべし 』
      修行中は、豊かであっては、ならない。
      なるほど。

    『  清貧( せいひん )、骨に徹す  』
      身心脱落( しんじん だつらく )
      からだ と こころ を  すてちゃつた。
      あまえ と いぞん を  わすれたよ。

     いい言葉、いい教え。

駄弁ながら、敬と愛をこめて
              残月    合掌

<  清貧は
      苦しきことぞ
        清富こそ
      もとめることと
        人のいうなり  >

<   玩物( がんぶつ )し
       心うしなう
          人なりや
        物心一如
          心物一如   >

    ・ 玩( もてあそぶ、こと )
      ( 注意、大笑 )
      ( 笑えない )

<   この世には
       物があふれて
          浄土かな
        ああありがたや
          極楽世界   >

<   無我なれば
       貧富一如と
         なりにけり
        慎み深く
         生きよ命よ  >

    よき新年を、ともに迎えたく存じます。
       失礼いたします。

12月30日(月)  人として、認め合う。  15

     「 認め合う事 」 は、むずかしいです。

   民族・人種が、「 認め合う事 」 は、むずかしい。

     人間の 『 こころ 』 は、同じですが、
    『  おもい  』 は 異なる。
    『  ことば  』 で  克服。

    しかし、昨日のつづきですが、
    『  かたち  』  も  異なる。
    大きさ・長さ・色・・・が、異なる。
    <  相  >が、異なる。

    気にする。
    ひっかかる。
    こだわる。

    だから、<  無相  >の価値が
    でてきます。
      目標として、理想として、
       あこがれとして、
         真理として、、、、。

   

  『  こころ  』
  『  おもい  』
  
  『  しせい  』
  『  たいど  』

  『  ことば  』
  『  おこない  』

  人間は、おもしろい、です。
       むずかしい、です。
       えらい、です。
       かなしい、です。
       さびしい、です。
       たくましい、です。
       、、、、、、、、
       、、、、、、、、
       、、、、、、、、
       、、、、、、、、 。

   われらが、マンデラ氏は、獄中で、
  『  ことば  』 を  学んだ。
   自分を、閉じ込めている
  人々の言語を、会話・対話・( 通心 )
  するために。
    彼らを、理解するために。
      すばらしい、みならいたい。

  理解とは、アンダースタンド でした。
   「  under   stand    ]

                         つづき   ます

駄弁ながら  敬と愛をこめて
             残月    合掌

<   アンダーとは
       下 、そして立つ
       アンダスタンド
          下坐のことなり   >

<  上座好き
      人間界の
         面白さ
       下坐を求める
          心の尊貴  >

  バタバタしながら 時間が、、、、。( 大笑 )
      ( 笑えない )( 半泣き )( 微笑 )
              失礼いたします。

12月29日(日)  人として、認め合う。 14

       昨日の駄歌です。

   「  かたちかな
        人くるしめる
           こんぽんは
         無相のせかい
           ひかりすらなし  」

      道友から、指摘がございました。
    『  無相 でなく、 無明 ではないか  』
   相 を、かたち・現象として、とらえているので、
      ここでは、無相( むそう )で、ございます。
    御指摘 ありがとうございました。

      これを機会に、
    禅宗( 臨済系 )に、おもしろい戒が
  ございますので、御案内させていただきます。
   

    <  無相心地戒( むそうしんちかい )  >
       と、申します。 ( なんの、ことやら ? )
          ( 笑 ) ( 大笑 )

    普通の戒は、
 「  00000しては、ならない  」であり、
 行為・行動を、きびしく、制限・規制いたします。

    禅宗は、破戒僧が多いと、昔からよく
 いわれる事が、ございます。 よくいえば自由自在に
、悪くいえば自由奔放・傍若無人・無礼千万・勝手気儘
 ( たくさん あります、大笑い )( 笑えない )
  (  微笑  ) 。

       よく言えばが、少ないです。、、、、、
   そうです、融通無礙( ゆうずう むげ )が、
       が、ございました。
        人間の理想の境地の
          一つでございます。( 笑 )

    とにかく、「 行為 」 は 大切ですが、
          「 心 」 を、中心に考えて、
            いる戒でございます。
      つまり、「  思い  」
           「  見かた 」が、根本です。

        とにかく、昔から、
           禅 を もとめる人は、
              しばられる事を 嫌った。

           権威・権力に、屈せず、媚びず、
              自由に 生きる。
             こんな、やっかいな人は、
                大変です。
                  ほんものだと、
               実に、おもしろい、ですけど。
                  ( 笑 )( 大笑 )

       「  カタチ かたち  」だけの 戒・行為を、
            心の奥から、いやがる人でしょう。
       「  かたち  」 は、とても大切です。
       でも、それ以上に、「  こころ  」が
       大切です。

         「 かたち 」 と 「 こころ 」 の
        一致は、 万人のもとめるところです。
        もとめて、いるのが、
         人間生活ではないでしょうか?
       各自、範囲・度合いは、異なりますが、、、。

           真剣・本気であれば、「 修行 」です。
           あきらめると、「 かたち 」 中心になり、
             他者の占める割合が多く
                なりがちです。(自分の中に)
           そして、不自由になりがちです。

                   つづき    ます

   とりとめない 駄弁です、
      されど、敬と愛をこめて。
               残月   合掌

<   しんけんに
       もとめながらも
          きにしない
        雲はゆきかい
          水はながるる   >

<   あいするも
       あいしつくすも
          こだわらぬ
        花はさきます
          虫はとびまう   >

<   おのれをば
       つくしつくして
           ささげます
         この世はたのし
           しばしあそばん  >

<   くるしみも
       かなしきことも
          ありまする
         いたいつらいぞ
           なんだながるる   >

<    日光よ
       月光さまよ
         星光( ひかり )
            すべての命
             おまもりたまえ   >

<    かたちなき
        かみよほとけよ
           ねがいます
         われらが こころ
           おまもりたまえ    >

<    かたちある   
         かみよほとけよ
            ねがいます
          われらが からだ
            おまもりたまえ    >

  駄歌ながら、、、   失礼いたします。
         

12月28日(土)  人として、認め合う。  13

         ねんまつは
           きょくたんなこと
              かたります
            非想をもとめ
              非非想にいたる

         びょうどうは
            手足五感
               かたれない
             心でもなく
               心無きなり

         かたちかな
            人くるしめる
               こんぽんは
             無相のせかい
                ひかりすらなし

         ひとはみな
             ほろびぬもの
                もとめます
              不滅は 不生
                うまれていない

          無我無心
             まだまだたらぬ
                まだたらぬ
              無境無生よ
                、、、、、、、

   駄歌ながら、敬と愛をこめて
              残月    合掌

<   あかるさも
        やさしきことも
            みなすべて
       ひとがつくりし
        無よりうまるる   >

<   仏とは
       無よりうまるる
          すべてのことさ
        合掌 礼拝
        九拝 、、、    >

<   龍となれ
      山こえ海こえ
        舞い踊れ
         天地人空
           踏み散らせ   >

     極愚山僧  千拝万拝  ・・・・
         

12月27日(金) 人として、認め合う。 12

      年末は、1日と1日の間が、
    10センチほどあるような気がいたします。
    普段は、1センチです。( 微笑 )

      12月31日と、1月1日の間は、
    100センチくらいございます。

       その間を、きちんと、
    通過できるか ?
    小生、毎日、必死でございます。

       1年 365日の中、
    しでかした、過不足の修正で、
    テンヤワンヤ(?)で、ございます。
    愚僧、 はずかしい事でございます。

     カトリックの神父さまがなされます、
    沈黙・祈りの年末を、迎える事が
    できるように、なりたいものでございます。

      インドのマザーテレサさまの会も
    山のふもとで、完全な一人( ひとり )を
    味会う年末だったような気がいたします。
      普段、一人には、なれないくらい、
    御忙しい、人のために働くシスターさま
    がたでございます。

    一日と一日の、間( あいだ )
    一年と一年の、間( あいだ )
    そして、
    人と人の、間( あいだ )。

    間( あいだ )は、
    境( さかい )とも、表現できます。

    私たち人間は、間( あいだ )をつくり、
      日常生活で、間( あいだ )をなくし、
           生きているとも思えます。
       
        まさに、隙間( すきま )が、
        生じ、解消の日々とも。
        あらゆる存在との、隙間です。
                   ( 微笑 )

    仏教では、やはり、「  無  」 を
    使い、端的に  『  無境 ( むきょう )  』
    と、表現いたします。

    『  境( さかい )は、無い  』
      ああ、
      文字を見ただけで、
      清風が流れてまいります。( 大笑 )

    けっして、 無礼千万ではない、
    人と人の間の、無境( 境が無い )
    このすばらしさよ。

    年末年始、
    人との交流が多い日々、

   『 無礼でない、無境 』 を
        考えてください。
        実践してください。
        できるように、
          工夫してください。

        できます。
        お互いに。
        少しづつ。
        失敗しつつ、
        恥をかきつつ。

        あきらめない事。
        修行でございます。( 微笑 )

        この境地こそ、
        < 楽 >でございます。
                 ( 笑 )

  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                 残月  合掌

<  敬も愛も、( あいだ )
          ( さかい )から、
        かんがえても、
           おもしろそうです。 >

<  おもいますに、小生が10代・20代を
      どうにか、のりこえられたと、
         するならば、
       敬の心・精神の
          おかげだったような
            気がいたします。 >

   飛びつつ、失礼いたします。

12月26日(木)  人として、認め合う。  11

       先日、ある記事を読みました。
     仏教に、出会われた、御話です。

       ある人が、精一杯、人のためと
     思い、努力精進、仕事に打ち込んで
    いたそうです。  しかし、周りからは、
   誹謗中傷( ひぼう ちゅうしょう )ばかり
   だったそうです。

     「  なんで、私が、このように、
       悪く言われ、ひどい批判を
        あびせかけられるのか ? 」と
     悩み、苦しんでいました。

      ある時、仏教の本を、手にしました。
    パラパラ、目を通して、ふと、あることに
    気づきました。

      『  自分は、人のためと言いながら、
        自分のため、自分が人から、
       よく見られたい、よく言われたいという
        気持ちが、あったのだ。

          だから、苦しむのだ。
          求めている事が、
          満たされず、
          何故、なぜ、と
          思いわずらって
          いるのだ。

       エゴ・我・自分の都合・身勝手
       ・・・・・・・  だったのだ、
       これが、煩悩( ぼんのう )なのか、と。 』

       すると、
       身も心も、
       ( からだ ) も ( こころ )も 
       『 楽 』 に なったそうです。

       ( おもい )が、減ったのでしょうか?
       きっと、そうでしょう。
       何故、減るのか?
       受け入れたのでしょう。
       何を?
       批判を、いやな事を。
       なぜ、( おもい )は、減るのか ?
       ・・・・・・・  御自身で、、、、

          なぜ、このような御話を
       したのでしょうか ?
        「  人に、認められたい  」という事と、
       「  人として、認め合いたい  」 が、
        関連すると、存知たからでございます。

                   つづき   ます。

 <    さいまつや  ひごろのかりを
           かえさんと
             ひがないちにち
               みぎひだりうえ
                  ( 微笑 )   >

 <    歳末や  町の花店  美しや   >
 <    歳末や  餅もあふれる  町の角  >
 <    歳末や  小学校も  一休み   >
 <    歳末や  休暇の方よ  うらやまし  >
 <    歳末や  元旦のため  一(いち)のため >
 <    歳末を  迎えるこの世  楽しけり   >
 <    歳末を  知らぬ身分や  山の猿   >
 <    歳末を  流るる川や   嵐山   >

 <    よき一日で ございますように。
         病気・けが・事故・あらそい を
           あまりしない、
          年末・年始でありますように。
       なんでも起こる、人生、この世です。
         心、静かに、
          ともに、歩みたく存知ます。 

       なにが、生じても、起きても、
         この世の事です。
          あまり心配しないで、
       この覚悟で、行きたいものございます。 >
 
 <   いい事だけが、起こると思うのは
           私たちの、慢心(まんしん)です
                   ( 微笑 )  >

<   年末の、御挨拶になりました。
       くれぐれも、御無理
          なされませんように。
       お会いしたことが、あるかたも、
          ないかたも、みなさま、
         よき新年をお迎えくださいませ。
     この拙い文章を、御読みいただいた方に
      感謝申し上げます。  
     
     新年は、心を新たにいたします。
   よろしくお願い申し上げます。
                    嵐山  残月  >

          失礼いたします
          

          
          

12月25日(水) 人として、認め合う。 10

    「  人として、 認め合う  」 は、
      むずかしい事です。
    どなたも、御感じの事でしょう。

      そのための、
    精進・努力・学習・体験は、
   一生涯、つづきます。( 微笑 )
  コツコツとでも、毎日毎日でございます。
   それぐらい、地球は大きく、世界は広いです。
  あらゆる物・事・人・・・・を、
 認める・理解する・愛する・ゆるす・・・・・・には、
  時間がかかります。 ( 微笑 )
     ( たいへん  です )

     「  認め合う世界  」 を
   はやく、実現するには、どうしたら
  いいのでしょうか ?
    すべてが、でなく、
     自分自身の事だけでも、
       できるだけ早く。
      
    「 自分を、自分で、認めれる 」
  自分になりたい、ものでございます。
   すると、
      「  安心  」「  安定  」感も
         実感しやすいかも、しれません。
    しかし、< 自分は、自分にきびしすぎる。 >
       場合も、多いです。
          むずかしい、人生です。( 微笑 )

   1    他の人に、むかう
   2    自分という人に、むかう

      第三の方法は、ないだろうか?
      第三の道は、ないだろうか?

      あります。

    『  神  の  子  』  としての 人間( 私 )
    『  仏  の  子  』  としての 人間( 私 )

    『  宇宙  の  子  』  としての 人間( 私 )
    『  地球  の  子  』  としての 人間( 私 )

    『  天地  の  子  』  としての 人間( 私 )

                     つづき   ます

 駄弁ながら、敬と愛をこめて
                残月    合掌

 <   このわたし ほとけのこども
          なれるかな
            なれるなれると
               ほとけささやく   >

<    ほとけのこ  なにをわずらい
          くるしむや
             わたしはここぞ
               きずいておくれ   >

<    なやむひと  くるしむひとぞ
           わがこなり       >

<    しんぶつの   ひかりをあびて
           いきてくれ
         かぜもあらしも
           ひかりはけせぬ    >

<    かみのこぞ  ほとけのこでも
          ありまする
            にんげんやさし
              にんげんつよし  >

<    ひとはみな  かみのこなれば
          おたがいに
            みとめあいつつ
              ささえあいつつ   >

<    ひとはみな  ほとけのこなば
           おたがいに
             みとめあいつつ
                ささえあいつつ  >

  駄歌句でした、  失礼いたします。
              
             
               
                 
   

12月24日(火) 人として、認め合う。 9

       人間を、

      ( こころ )
      ( おもい )
      ( からだ )
      ( おこない ) と、
      仮に考えても、

      安心・安定である、
      これらの 統一はむずかしい。

      周辺・集団・環境・・・からの
      要求・要請・圧力・・・があり、
     
      バラバラに、なりやすい。
      社会に、合わせなけれならない事も
      多いことでございます。

      そこで、
      本当の意味の 「  出家( しゅつけ ) 」
      の、大切さが、よくわかります。

      『  家( いえ )  』 は、
      全ての<  善  >の根源であり、
      全ての<  悪  >の根源でもございます。

      現代日本の 「  出家  」 は、
      短期間であったり、
      伝統的道場生活の期間のみで、
      あったりする事が、多いです。

      生涯、「 出家 」の真の僧侶の方々
      も、たくさんいらっしゃられ、
      日本仏教の根本を、守り伝えられて
      ございます。

      短期間とはいえ、「  出家  」 を
      経験・体験する事は、
      実に有意義で、あるように存じます。

      あるアジア国の留学僧がいっていたそうです。
      国で、出家して一番よかった事を、
      ここように、おっしゃたそうです。

      「  ( おかね )の 心配 を
          しなくて、よくなった事です  」 と。

     「 (  じぶん )を、捨てます 」という
     形・型 に なると、
     集団・組織・団体・・・が、守ってくれます。
     すると、
     ( こころ )( おもい )( からだ )、、、
     とか、 ある意味、超個人的な事柄に、
     専心・集中しやすいし、
     また、ゆるされる事となります。

     
     若者に、「 出家 」生活を、
     体験させて、やりたいものでございます。
     
   1  『  社会奉仕  』
   2  『  防衛軍  』
   3  『  出家  』

      肥大化した「 自意識 」 「 我 」 「 エゴ 」
    に、苦しむ私たちは、何歳であろうと、
    この 三つの内容を、
    個人生活の中に、実践しなければ、
    ( しあわせ )に、なりにくい気がいたします。

              つづき    ます

 駄弁ながら、敬と愛をこめて
              残月     合掌

<   以前、ある留学僧侶が、
       しみじみ 愚僧にいいました。
     「  日本は 天国です。
          このような 国はないです。  >

<  幼児虐待・老人虐待 の 多い日本。
     実際は、 天国でも、極楽でも
       ございません。 しかし、
         まだ、ましなのでしょう。
     悲しい、人間の世の中でございます。

      「  存在  」 そのものを、
    認め愛する事が、一番大切です。
    『 幼児・老人 』は、「 存在 」です。
    「 生命 」 そのものでございます。   >

            失礼いたします。

     

12月23日(月) 人として、認め合う。  8

  「     人間とは、何か ?
      自分とは、何か ?    」

    ( からだ ) か ?
    ( こころ ) か ?
    ( おもい ) か ?

    ( おこない ) か ?
    ( しごと ) か ?
    ( おかね ) か ?
    
    ( おや ) か ?
    ( かぞく ) か ?
    ( しんせき ) か ?
    ( こども ) か ?
    ( まご ) か ?
    ( ひまご ) か ?

    ( がくもん ) か ?
    ( ぎじゅつ ) か ?
    ( ちしき ) か ?
    ( ちえ ) か ?
    ( じんかく ) か ?

    ( たいじゅう ) か ?
    ( しんちょう ) か ?
    ( せいかく ) か ?
    ( せいひつ ) か ?
    ( きひつ ) か ?

    ( りそう ) か ?
    ( こころざし ) か ?
    ( ゆめ ) か ?
    ( もくてき ) か ?
    ( ねがい ) か ?
    ( いのり ) か ?

    ( せんせい ) か ?
    ( ししょう ) か ?
    ( なかま ) か ?
    ( せんぱい ) か ?
    ( どうはい ) か ?
    ( こうはい ) か ?

    それにしても、
    もし、かりに、
    悲しみ・苦しみ・辛さに、おそわれたら、
    しずかに、ゆっくり、していただきたい。

    ( おもい )
    ( ことば )
    ( からだ )
    ( こころ )を、ととのえたい。
          この四つを、
          一つに、していきたい。

    ( からだ ) と ( こころ )の
    あいだに、( 呼吸 )がございます。
         ( 姿勢 )がございます。
    ( おもい )を ささえる、
         ( 沈黙 )がございます。
    ( ことば )も、おなじです。

    ( 呼吸 )( 姿勢 )( 沈黙 )
    この三つが、大切になります。
    ( 奉仕 )も、入れて四つか ?( 微笑 )。

    ( 奉仕 )とは、報酬を期待しない、
    純な ( おこない ) か ?
    これなくして、( 自然にでてきますが )
    独善・ひとりよがり・に落ちる。

   「 人生は、奉仕である 」 当たり。( 笑 )
   何に、たいして ?
   利益とは ?  後から、ついてくる。( 微笑 )

   『  何に たいして
        身 と 心 を
            ささげ つくす べきか  ?  』

   『  この我を
      この自意識を
         どうしたら
            いいのでしょうか  ?  』

   しかし、
   上の問いは、特別です。
   それ以前に、

   私たちは、すでに、
   しばられているかも、しれません。 また、
   しばられやすい、ものでございます。
   また、しばられたい、ものでもございます。
   人生は、むずかしい。

   国家・民族・社会・会社・組織・集団・
   家族・地域・近隣・・・・・・・・

  上の、二つの、『 疑問 』は、大切です。
  解決がです。 もつ事では、ございません。( 微笑 )

                 つづき  ます

  駄弁です、されど、敬と愛をこめて
                残月    合掌

<   人生は、短い 。

      ゆうゆうと、
        いそげ、いそげ 。   >

<  自意識は、すぐ、消える。
     この世に、参加時間は、短い 。

              ゆうゆうと、
         いそげ、いそげ 。  >

     急ぎ、失礼いたします。

 <  よき一日で、ございますように >
             ( 末筆ながら )

12月22日(日)  人として、認め合う。  7

      質問  「  己 ( おのれ )の 存在に
             対する、疑問 と 不安  」

     自分自身に、対する、不安と疑問 。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

     今、電話がありました。
     ある知人です。
     男性・40歳・無業。
     父親が病になり、
     母親も病になり、入院中。
     兄は遠方。
     一人でいる。

    「 玄関に、リンゴがあったよ。
      食べたら、いいじゃん。 」
    「 できません 」
    「 パンを もって行くよ 」
    「 食べません 」
    「 ご飯( あたためる )どうした ? 」
    「 あきました 」
    「 コンビニ の おでん は ? 」
    「 そうですね 」
    「 このごろ、頭だけでなく、
      腹も痛くて、膵臓炎のようです 」
    「 揚げ物は だめなのか ? 」

    「 私の 人生なんなのでしょう ?
      苦しみばかりで、ないですか ? 」

    『  私から、みたら、
       地に、足がついていないて感じ、
       頭だけ、飛び回っているて感じ、
       フラフラじゃん 。  』

    「  そうです  」

    『  ( こころ ) と
       ( おもい ) と
       ( ことば ) と
       ( おこない ) と
       ( おかね ) が、

       全部、バラバラ じゃん 。 』

    「  統合失調症 ですか  」

    『  文字は そうですね 、
       身辺からさー  』

    「  できないです  」
    『  そんな  』

    今年、
    息子は 母親を < 鬼( おに ) >といい
    母親は 息子を < 鬼( おに ) >という。
    心配で、よく顔を見にいきました。

    息子は、子供のころ、叫んだという。
    「  この家には、
       神さまも、仏さまも
       いやしない。
       ( そして、仏壇を 壊したという )  」
    この事を、聞き、
    小生には< 心の叫び >のように感じ
    どうにか、しなくてはと、、、、、、、、
    しかし、
    時間が過ぎていくだけ  ?

    人生は、むずかしい。
   「  生まれ、生きて、死ぬ  」 だけですが。

    しかし、やはり、
    順序が、順番が、あるような気がしてならない。
    縄文時代から、
    ゆっくり、時間をかけて、現代にこなくては。

    現代に、つぶされる。

    どういうことが、「 生きる 」ことなのか?
    わからなく、なりそうです。

 乱れながらの、駄弁です、
        されど、敬と愛をこめて。
                  残月   合掌

<   すてなさい
       いったいなにを
          すてなさい
         いったいなにを
           すてたらいいの   

     うらみかな
       かなしきなみだ
          ながしたよ
       すてさることは
         できないことよ

      ああすてる
         わたしのかこよ
            すてれない
          このくるしさよ
            このさびしさよ

      かみほとけ
         きよきこころよ
            どこにある
          いのちのひかり
            わたしのひかり    >

         失礼いたします