11月7日(木)  「 天地 と 算盤 」  6

         ある作家の言葉です。( 大雑把に、、)
       時々、思い出します。 なるほど、と。

     「  人生は、むずかしい。
        マッチ箱のようである。

        大切にするのは、バカげている。
        でも、粗末にあつかうと、
        大火傷( おおやけど )する。  」( 微笑 )

    「 天地と一体 」(  理想 )
               (  1・0・無限の世界 )
      と
    「  算盤の世界  」( 現実 )
             (  数量  )
      の
    一致・円通・自由自在であることの
    <  むずかしさ  >よ。

      昨日の つづき です。
    20の内、15まで、終わったので、
    本日は、16から20です。

 16、  外界の環境に動かされないこと
          (  回りに、 いわれるまま )(笑)

 17、  相手の能力を知って、教えること
          (  教える事、教わる事の困難さよ )

 18、  心をいつも平らかに保つこと
          (  波立つ 心よ  )

 19、  是非を、あげつらわないこと
          (  評論家ばかりの、私たち )(笑)

 20、  よい手段を、学び知ること
          (  よりよさを、学びつづけこと  )
          (  工夫し つづけること  )

     1 から  20 まで、でした。

     次は、
  <  「  0  」 が、「  無限  」になる  >
     という、例・手本です。( 人生における )
     よくいわれてますので、皆さんご存知かも
     しれませんが、、、、、、、、。

     他の人々の、役に立てると、うれしいもので
   ございます。  だれかに、喜んでいただけると、
   生きがい、すら、どんどん、湧いてきます。
     プレゼントは、いただく以上に、
       与えることができますと、
         実に、うれしいものでございます。

    <  人生の  むずかしさ  >の 一番目は
      こうで、ございました。

   「   貧しくて  与え、ほどこす( 布施 )こと  」
     (  まずしくても、 与えること  )
       0、ゼロ だから、
       他の人に、何もできない。
       悲しい。
       つらい。
       やさしく してもらってるだけ。
       さびしい。

       やはり、2000年以上前から、伝えられた
     教えが、ございます。  いい内容です。真実です。

      『   無財( むざい )の 七施( しちせ )  』
    財産、財宝、余裕が無くても、
    まずしくても、
    他の人々に、与えることができる、
    七つ のことがら。

      1、  「   身施( しんせ )  」
      2、  「   心施( しんせ )  」
      3、  「   眼施( がんせ )  」
      4、  「   和顔施( わがんせ )  」
      5、  「   言施( ごんせ )
      6、  「   床座施( しょうざせ )  」
      7、  「   房舎施( ぼうしゃせ )  」

     もう、おわかりかも知れません。
       文字から、推測できますが、、、、、、。
          明日、説明させていただきます。

   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                   残月    合掌

<   あのかたの  えがおまなざし
       ありがたし   このよにいきる
          くるしみいやす        >

<   ちいさくも  こころふるえる  よろこびよ
        てんちをこえた
            ひびきあふるる   >

<   ともだちよ  かぞくしんせき  なかまたち
         もうなにもかも
            みちたるわたし    >

<   いただいた  てあしおなかに  ことばです
         いただくばかり
             はじいれこころ     >

      駄歌ながら     失礼いたします       
     

11月6日(水) 「 天地 と  算盤 」 5

        昨日の駄歌
  
   「  むずかし世   かなしい世間
          苦しき我
             もだえあがけよ
                日月 清し   」

      算盤から、数量を考えて、
    私たち人間が、
      「  一  」
      「  0  」
      「  無限 」 を、身につけ、
      「  数量 」 の、現実を生きるのは

      <  むずかしい  >
      <  成し難い( なしがたい )  >
      <  困難( こんなん )  >
      <  あきらめ 易い( やすい ) >
      <  放棄( ほうき )しやすい  >

    
      身につけようと、努力実践したいものですが、
      、、、、、、、、、、、、
      2000年以上前から、<  むずかしい  >と
      いわれています。

      面白いので、参考になるので、
      引用いたします。
      いつの時代、どのような民族でも、
      人間である限り、同じ心だと、存じます。

  1、  貧しくて、施すこと 
         ( まずしくて、ほどこし、与えること )

  2、  慢心にして、学ぶこと 
         (  謙虚じゃなければ、、、、)

  3、  命を捨てて、道をもとめること
         (  本気か? 真剣か?  )

  4、  仏の在世に、生を受けること
         (  現代は、物中心なりや ? )

  5、  仏の教えを、聞くこと
         (   ましては、我を見つめない )

  6、  欲望から、離れること
         (  欲は苦し、 願いは楽しい  )

  7、  よいものを見て、求めない
         (  そうです   )

  8、  権勢をもちながら、いばらないこと
         (  権威、権力、 好きの私たち  )

  9、  はずかしめられて、おこらないこと
         (  そうです  )

 10、  事がおきても、無心に対処できること
         (  そうです  )

 11、  広く学び、深く究めること
         (  そうです  )

 12、  初心の人を、軽んじないこと
         (  そうです  )

 13、  慢心を、のぞくこと
         (  謙虚さよ )

 14、  よい友を、えること
         (     そうです  )
 
 15、  道を学んで、悟りにいること
         (  そうです  )

      後、5つ、
     すみません、時間がなくなりました。
     明朝、御願いたします。
      想像しててくださいませ。
      思考しててくださいませ。

   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                 残月     合掌

<  清き光が  満ち溢れますように   >

<  御病気・御ケガの( なかま )の、
       一日でも 早い ご回復を   >

              失礼いたします。

11月5日(火) 「 天地 と 算盤 」  4

   1、 「  一 ( いち ) 」   我の世界
   2、 「  0 (  れい ) 」  無我の世界
   3、 「  無限( むげん ) 」  無我の世界
   4、 「  数量( すうりょう ) 」  大我
                         ( 仏 )の世界

      「  一  」  確立の むずかしさ
      「  0  」  認識の むずかしさ
      「 無限 」  体得の むずかしさ
      「 数量 」  自在の むずかしさ

 「  むずかし世   悲しい世間   苦しき我( が )
       あがきもだえよ
         日 月 (  にちげつ )
                 清し   」

   ・  「 一 」 のため、「  二  」の大切さ

 「   二 とは何?   父母なのか?  友なのか?
          先生なのか?   恋人なのか?  」

 「   二 の世界   やさしさあふれ   すやすやと
          ねむる我が子や   いのちの花よ  」

 「   二 の世界  きたなき言葉  とびかかり
          苦しき心   胸に泣くなり    」

 「   敬いて  えりもと正し  緊張し
        先生師匠  むかえるこの日   」

 「   いとしくて   こいしいこころ   かくせずに
        はずかしてれし   じゅんなるいのち   」

   ・   1,2,3,4,5,6、、、、、、

 「   家庭こそ   善なることの   産みの親
        悪なることの  産みの庭    」

 「   二 の世界   世間すてるな   そしてまた
        世間みくだし  世間にくむな    」

 「   世の花は  尽くし尽くされ  咲く花ぞ  」( 前出 )

 
 「   我をすて  尽くせる日々の  うれしさよ
         心はかろし  遠き空みる   」

 「   我をすて  朝日をおがむ  この気持ち
         古代の人も  同じ心や    」

 「   我をすて  仕事はげむ  楽しさよ
         神も仏も  ともに歩まん    」

 「   我をすて  悪に尽くすも  われら人
         永久( とわ )の心を
            忘れなきよう   」

 「   とわ心   無限の心   永遠よ
         いったいどこに
            あるのでしょうか?  」

 
   ・  秋の朝   恥をさらして  いかがする
         心のちから   みなに伝えん

    駄弁駄歌 おゆるしを。
                残月     合掌

<  みんな  みんな  みんな
      どなたさまも
          しあわせで
             ございますよう   >
     僭越ながら、、、。    失礼いたします。
        

11月4日(月) 「 天地 と 算盤 」 3

      10月には、御寄進がございました。
     ありがとうございました。 感謝申し上げます。

    算盤関係  1、  三重塔( そろばんの玉による )
                  高さ80センチくらい?
                  幅 50センチくらい?
            2、  255桁( けた )の算盤
                  4メートル以上

    古美術の方  1、  僧侶立像( 布袋さま ? )
                    御腹が大きい僧が、
                    両手を上げて、
                    万歳しているようです。
                    右左の手に、
                    玉を握っている。
                  高さ  60センチ ?
                  重さ  とても重い( 木製 )
                       台湾製 ?

     「  一 ( いち ) 」 である< 私 >が、
     「  0 ( ぜろ )( くう ) 」 を右手に、
     「  無限( むげん )( 永遠 )」を左手に、
       つかみ取り、
       歓喜の万歳をしている、のではないか?
        <  自覚の よろこび  >
        <  解脱の よろこび  >
        <  菩提の  よろこび >

       ( 独断の、こじつけ。 勝手な偏見。)(笑)
       (  御赦し ください )

     そして、
     「  1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、
       13、14、15、16、17、18、19、20、21、
       22、23、24、、、、、、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
       と、足し算、引き算、掛け算、割り算、
       色々な 計算、、、、、、、、、、、、
       増減。       」
      そろばん 、算盤  の世界です。
      現実の世界。
     (  変化・公正・共有・の世界。 )
     (  変化とは、常が無い、無常の現実のこと )
        
        <  世間の  よろこび >

   1、   「  一  」   我  の  よろこび
   2、   「  0  」  無我  の  よろこび
   3、   「  無限 」  無我  の  よろこび
   4、   「  数量 」  大我( 仏 ) の よろこび
                  世間 の よろこび
                  生きる  よろこび
                  生活する  よろこび
                  仕事する  よろこび
                 仕事しない  よろこび

      四つの世界を、自由に生きたいもので
          ございます。

      四つの世界の、シンボル( 象徴 )を、
          客殿に安置できたような
           歓喜を感じている愚僧でございます。

      そして、最後に、
         四つの世界を、自由自在に生き抜き、
         偉業をなしとげたような、
          「 角倉 了以 」の 等身坐像が
             ございます。

      塔( とう )も、ございました。
      まさに、よきもの のシンボル。

      絶、、、、、、  もう、言ってはならない。( 笑 )

      嵐山 大悲閣  客殿  の
    大宣伝になってしまいました。( 大笑 )
    自画自賛すぎで、ございます。( 超大笑 )
      弱小寺院の あがきです。( 微笑 )

   まさに駄弁です、されど、敬と愛をこめて。
                   残月    合掌

<  一をもつ  このことすらも  むずかし世
      二のたいせつさ
         おしえつたえよ   >

<  師匠さま  御師匠様よ  ろうしさま
       ゼロのわたしを
           一 の わたしを   >

<  心を 尽くす
    身を 尽くす
    力を 尽くす
    愛を 尽くす
    誠を 尽くす

      先日、忘れてました
    
   「  礼を 尽くす  」

    礼を 尽くして、
      仕えることの大切さ   >

   長くなりました、 失礼いたします。

11月3日(日) 「 天地 と 算盤( そろばん ) 」 2

    おはようございます。
  本日も、遅くなっております。
    申し訳ございません。

    先月は、算盤関係以外にも
  ある品を、寄進していただきました。
  ありがたい事でございます。
    お宝が増えると、守る事が
  忙しくならないか、心配です。( 大笑 )

     本来、
   人間の<  心  >が、
 <  宝( たから )  >である。

   真実です。
 でも、私たち人間はなかなか、
 理解できない。
   「  そうかなー  」
   「  でも、なんだろう ? 」
   「  よく、わかんない  」

   古歌
      『  心とは  いかなるものを
           いうやらん
              墨絵にかきし
                 松風の音    』

       昨日の、つづき ですが、
    「  墨絵の松風  」を、聞けるぐらい
    感覚の、 感度を高めなくてはなりません。(笑)

      また、先日の 古句に
    『  人、死して、心を知らず 』 が、ございます。

     「  人は、死ぬ。
         でも、
            心を知る事は
               できなかった。
                   残念である。

         人は、死ぬ前に、
              心を知ったらいい、
                 自覚できたら、
           
         とても、うれしい、
           歓喜だ、
             いつでも、
               どんな時でも、
               
          さわやかな風がふいている
            いや、
              さわやかな風を感じてる。   」

        ちょっと、飛躍しますが、
          推測ですが、まだ確信できてないですが、
            、、、、、、、、、、、、、、、
           もしかしたら、
       「  心を 自覚できるまで、
            人間は、何度でも、
               人生を体験する  」
             かもしれません。

        寿命の長短を超えた思想でも、ございます。
      同級の友人が亡くなってから、
        そのように思えてならない。

        現代中国の100歳をこえた禅僧は明言している。
      「  悟りを開くまで、何度でも生まれてくる  」と。
        方便なのか ?
        うそ なのか ?
           でも、慈悲心が溢れている。

         社会的仕事・境遇は、各々、千差万別、
       運命・宿命も、色々、多種多様、限りなし。
         そのような、
        運命・宿命をとうして、
          誠実に対応しながら、
             悪縁・逆縁・善縁・順縁に
               出会いながら、
               また、縁を生み出しながら、
                    <  心を 自覚する >。
        このことが、 人間の根本的仕事かもしれません。
            いえ、根本的仕事です。
        ( 今日から、断言します )( 大笑 )

             どのような職業
             どのような境遇であろうとも。
        ( すると、このように考えると、
             どのような人とも、共感できる )

     大脱線いたしました。要旨は下記です。(笑)
   <  たから  >いただき感謝してます。
    大事に、いたします。 守ります。
     (  寄進品の説明は、明日いたします )(笑)
      
   < たから >の最高なものは、
     各々の< こころ >である。
       だれでも、皆、持っている。

    でも、私たちは、なかなか気付かない。
       この人生で、かりに困難だったら、
          まだ、ギリギリまで工夫精進。
             、、、、、、、、、、、、、

   長くなった駄弁です、御赦しください。
               残月    大合掌

<  清き光が  満ち溢れ  ますように  >

<  この世から  悲しみ  苦しさが
       少しでも  減りますように   >

<  生まれてきた、喜びを、
      みんな、みんな、
        味会えますように  >

<  自分を、自分と思えた事の
     意味とは、どういう事でしょうか?

       我( が )( わたし )は、
         生きていながら、
            無我を自覚することである。
           無上の喜び、幸福感です。
              ( 微笑 )   >

<   無我とは?
       わたしは  あなた
       わたしは  これ
       わたしは  それ
       わたしは  、、、、、、
       わたしは  、、、、、、    >

<  一日を  ただ一日を  生きるなり
      百年先を  今に感じて   >
          ( 57歳をむかえて )

             失礼いたします。  
      
       
          
 

11月2日(土)  天地 と 「 そろばん 」

    「   天地 と  一体   」を、語りながら
    「   そろばん( 算盤 ) 」を、語ることができる
       のでしょうか?

    「 論語 と ソロバン 」という立派な本がありましたし、
    現代日本のある大実業家( 京都での創業 )は、
    <  人間成長・人格向上 と 会社経営の、両立  >
    を、熱く世界へ、日本中に、語りつづけてられます。

    だから、可能です。
    できます。
    理想です。
    最初は、
    求め続けて行きます。

    私たちには、無理だ、
    できるのは、≪ 特別 ≫の人だけではないか。

    いや、「  棒 ほど  願って、
           針 ほど  かなう。  」と、いうではないか?

        「  聖賢( 立派な人 )に、なりたいと
            努力して、やっと、まあ まあ の
                人になれる。  」 ( 笑 )

        「  仏になろうと、誓って
             やっとこさ、
               頭を剃る。   」 ( 笑えない )

        「  仏になろうと、精進して、
              やっとこさ、
                僧になる。   」 ( 笑えない )

        「  神に祈るほど、苦労して、
              やっとこさ、
                人になる。  」  ( 笑えない )

        「  神仏聖を、 思い描いて、
              やっとこさ、
                人は人になる。  」

        「  理想が、あってこそ、
              現実は、
                未来へむかう。  」

        「  大志が、あればこそ、
              涙も汗も、
                 気にならぬ。  」

     動物界において、
        < 言葉 >を、生みだし使う人間は、
        やはり、≪ 特別 ≫な存在です。
        (  だから、できます。自分なりに。 )( 笑 )

          ところで、
        < 言葉 >の根源は、何でしょうか?

        < 心 >でしょうか?
        < 心 >の根源は、何でしょうか?

        < 感覚 >でしょうか?
        < 感じる >こと、でしょうか?
        < 感じる >とは、どういうことでしょうか?

     < 自分は、自分でない >ということでしょうか?
   < 自分は、自分以外を、受けている >ことでしょうか?

     <  共感  >し、< 響き合ってる >世界なのか。
     <  共感  >し、< 助け合ってる >世界なのか。
     <  共感  >し、< 争い合ってる >世界なのか。

     <  共感  >こそ、< 言葉  >の根源のようです。
     <  共感  >こそ、< 人間  >の根源のようです。

     

        よく共感できるように、
      全ての感覚の、感度を高めたい
      ものでございます。

        やはり、 閑坐( 閑居 )( 一人静か )
              数息( 読書 )( 謙虚さ )
              節制( 勤勉 )( 知足 ちそく )( 満足 )
              、、、、、
              、、、、、、  つづきます、 道は。
                         

       「  天地  と  算盤  」 これを、極めねば。

      仏教界でも、昔から、
      寺院運営と 仏道の求道伝道をできる僧侶を
      < 大力量 >といってました。
      愚僧、忘れてはならない。
      道は、けわしい。  ( 大笑 )

    駄弁ながら、敬と愛をこめて
                       残月  合掌

<  天地にて  生きる我らに  光あれ
        雨も嵐も 
            花をはぐくむ     >

<  光とは  いったい何を  いうのやら
        人のどこかの
            心をてらす   >

<  去る差和を   猿沢( さるさわ )と書く
        人の知恵
          不増不減の
            宝のありか     >

   残月駄歌      失礼いたします。
             
  

             

11月1日(金) その2、 「 そろばん寺 」2

     先代、四海和尚の文章です。

 「  今から、340年前、豊臣氏が滅んで、
  徳川氏の天下になつた元和のはじめ、
  備前岡山の藩主池田輝政に仕え、後
  豊臣家の家臣となっておられた、
  毛利勘兵衛重能先生が、京都二条寺町に
  『  天下一 割り算指南  』 の標札を
  かかげて、
  『  そろばん道場  』を開き、
  数百人の門弟を集められましたが、
  毛利先生こそは、わが国近世の
  そろばんの始祖とも仰がれるべき
  大先覚であります。

      註、道場の建物は、
         了以翁の提供の
         高瀬川沿いの倉庫
         だったそうです。( 残月 )

    毛利先生の門弟の中でも最も
   すぐれた人に、
   吉田 光由( みつよし )
   角倉 久庵< 同一人物 >先生が
   おられます。

    豊臣秀吉公全盛の頃に、
   わが国最初の
   民間貿易船をおし出して、
   その利益で、芸術家、工芸家、文芸家を、
   援助し、更に保津・富士・天竜川等の
   水路をひらいて舟運の便をはかり、
   高瀬川運河を構築されました
   公益事業家として有名な角倉 了以・素庵
   両先生は、
   この吉田光由( 角倉久庵 )の
   同族縁類にあたる方々であります。

     光由先生は師の研究された
   「   算法統宗  」という、
   中国の算術書を更に深く研究して、
   
   もっと実用的で興味深い、しかも、
   程度の高い算法に進めて、
   そろばん技法を大衆化させようと
   考え」られました。
     師の毛利道場を去り、縁類の
   角倉素庵先生の協力と指導とによって、
   研究をつづけられたのでした。

     かくて多年の研究はついに実をむすんで、
   有名な『  塵劫記( じんごうき )  』
   という算学書を大成されたのです。

     この書物は口語と文語との
   両体のわかりやすい文章で書かれ、
   そろばんの技法や日常生活に
   直接関係のある多くの応用問題が、
   一々挿絵を入れて要領よく解き明かされて、
   誰もが楽しんで、自然にそろばんを理解し、

   相当に程度の高い算法を知ることが
   できるもので、世界的に評価されている
   名著であります。

     「  塵劫記  」は、
   わが国の算術書の代名詞のようになり、
   江戸時代を通じ明治初年までに、本書を
   写して版本としたものが 多かった。
    、、、、、、、、、、、、
    、、、、、、、、、、、、

          以下、省略                」

    そろばんの世界の方々
    和算の研究家の皆さまが、
    長年、探してられました、
   「 吉田 光由の御墓 」が、
    角倉一族の菩提寺である、
    嵯峨の二尊院において、
    発見されました。
      京都ニユーイクゼンの
    代表、久下 五十鈴さまの
    御熱意の賜物でございます。
      心より感謝申し上げます。

    また、大悲閣において、
   古くなって使えなくなった
   そろばん を 集めて
   「  そろばん 供養法要  」
    を、厳修していたようです。  

   長くなってしまいました、スミマセン。
                     残月    合掌

 <   清き光が  満ち溢れ  ますように  >

 <   この世から   苦しさ  悲しさが
        少しでも  へりますように    >

<   悪縁、逆縁 が 無くなりますように。

       悪縁を  善縁に  できますように
       逆縁で  くじけないように 
       善縁に  甘えないように
       順縁に  おぼれないように

       強い心を、もちたいもので
                ございます。    >

                失礼いたします。    

11月1日(金) 「 そろばん寺 」とは、嵐山大悲閣です。

      おはようございます。
   < 「  天地一体 」 4 >を
 御話したいのですが、先日、ある物を
 寄進していただいたので。
   ご案内をかねて、御報告申し上げたく
 存じます。
 

   2つの貴重な品でございます。
 御寄進者は、京都で、そろばん関係の
 物品を製造販売されている御方でございます。
   400年忌において、一番、影で支えて
 いただいた人物でございます。
   生きた観音さまのような
 ありがたい御人でございます。

1、  三重塔( そろばん の玉で制作。)
2、  255桁( けた )の算盤です。
    4メートル以上ございます。

   共に、400年記念で大改修していただき
 ました。 客殿に安置してございます。
   どうぞ、皆さま、一度ご覧くださいませ。

  「 立派な三重の塔 」 は 荘厳 であり、
  「 長大な算盤 」 は、無限宇宙のようです。

      嵐山 大悲閣 千光寺が、何故
  「  そろばん寺  」といわれるのか、
  わかりやすい、文章がございましたので、
  引用させていただきます。
     先代住職の書かれたものですので
  問題は生じないと存じます。

       本日、数時間後、つづき ます。
     急用のため、ちょと、失礼いたします。