10月31日(木)  天地と一体、  3

       おはようございます。
     昨日の つづき でございます。

     「  天地 と  一体  」 の、
     『  一体感  』  は、
     「 ( ちから )の( みなもと ) 」 です。
     「  力 の 源  」 です。

     食物も、「  力 の 源  」です。
     愛情も、「  力 の 源  」です。

     <  おなかが、 すいた  >
     <  だれかと、あいたい  >
     という、
     欲求・欲望・願望は、

     私たち人間をささえる、
     生命を保つための、
     根本的な事で、ございます。

     「  食物  」
     「  愛情  」も、

    「 天地の一部 」で、ございますが、
    「 天地 そのもの 」でも、ございます。

    昨日の、100翁の御食事は
    まさに、
    「 天地の一部分 」が、
    「 天地の全体 」 に、
    なっている事例であり、
    すばらしい 見本・手本で、ございます。
    「 食物 が、 天地そのものに、
      なっている。 」
    

   < 一期一会( いちご  いちえ ) >

    一回切り の 出会い
    一度切り の 出来事
    二度と無い事柄、 その覚悟。

    人に対する、「 愛情 」の極みです。
    「 いつでも、 会えるさー 」
    「 いつでも、 会っている 」 
    でない、姿勢・態度でございます。

    「 日常生活では、できない。 」
    との、 お声が聞こえてきそうです。
    でも、先ほどの、
   < 100歳翁 の 食事  >
    は、 日常でございます。

    私たちも、工夫です。
          知恵です。
         やる気です。

    そのための、
    100歳翁の、< 節制 >
      欲望・欲求にたいする< 制御 >
      < コントロール >。
      < 禁欲 >でない。
      < 節欲 >でしょうか?
      おそらく、最高の歓喜を、
      味会ってられる。

     『  こんな 美味しいものが、
      この世に  あったのか  』 と。
     
     どこにでも、あるものでございます。
     食物は。

              つづき   ます。 

  駄弁ながら、敬と愛をこめて
              残月    合掌

<   一日 一生  > 
<   いちにち  いちしょう  >

<   力を尽くす
<   誠を尽くす
<   愛を尽くす
<   心を尽くす
<   身を尽くす

<   世の花は  尽くし尽くされ  咲く花ぞ  >
                    (  残月  )

    走りつつ   失礼いたします。

10月30日(水)  天地 と 一体 、  2

     おはようございます。
   遅くなってしまいました。 朝、早く、御覧くださる
   御方がいらっしゃるみたいでございますが、、、
   スミマセンで、ございます。

    秋らしく、なってまいりました。
  紅葉の季節でございます。 多くの方々が、
  その美しさを、讃嘆し味会おうとなされています。

   まさに、「 天地と一体 」 の 一例でございます。
 特に、「 美しい自然との一体感 」は、私たち人間の
 喜びの、根底にあるものかもしれません。

  
   そして、拙僧は、今、みかんを1個いただきましたが、
 この< 食物を 口に入れて、かんで いただく >事も、
 「 天地と一体 」 の 一例でございます。

   また、アイドル・タレント・スターに、心をおどらせ、
 楽しく喜ぶことも、 よき恋愛、よき結婚を、願い祈る事も
 「 天地と一体 」を、求めている 、 一例でございます。

   見ること
   聞くこと
   匂うこと
   触れること
   知ること
   覚えること
   感じること
   行うこと
   手足をうごかすことも
   、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、
   すべては、
   すべての事は、
   すべての物は、
   すべての人は、

   「  天地 と 一体  」を、
   感じ、実感し、体感し、
   体得するために、
   自分のために、
   各々( おのおの )のために、

   ある、存在する、と考えていいかも
   しれません。
   <  真の幸福 ・  生きてる喜び  >を
   味会うことが、
   仮に、人生の目的と設定したならば、の事で
   ございます。

   
   あらゆる喜び・歓喜である
   『  一体感  』  は、
   簡単に、消え去っていくのでございます。

   皆さま、よくよくご存知の事でしょう。
   愚僧も、さっきいただいた< みかん >の事
   忘れていました。  でも、美味しさは記憶されて
   ますか?( 笑 ) 「 ありがたかったな、おいしい
   みかん 」 と 。

   しかしながら、
   消えやすく、
   むなしさ( 虚しさ、空しさ )を、
   
   感じやすい、
   もろもろ の 『  一体感  』 は、
   実に、すばらしい事でございますが、
  < さびしさ >をさそうものでも、
   ございます。

   『   天地 と  一体  』 こそ、

  「 すばらしい、最高だ、
   何も もう  いらない
   幸福だ  歓喜だ 」

  「 消えない 、変化しない
   永遠の、喜びだ  」

  「 だれもが、味会える、
   最高の幸福である、至福なり。 」と、

   古人、先人、先生が、
   言い教えてくれています。
   まさに、
   東洋の文化の精華の一つでございます。

   皆さん、共に、学ぼうではございませんか。
   以前、ブログにて、ご紹介いたしました、
  <  100歳の御方の、食事です。
  <  一口ごとに、
     「  こんな 美味しい物が
        この世に あったのか
        と、歓喜 感嘆 しながら
        召し上がられて らっしゃる 。 」

     食事を とうして、「  天地 と 一体 」
     を、味会われている。

     おそろしいまでの、≪ 節制 ≫の
     たまもので、ございますでしょう。    >

               つづき    ます

  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                 残月    合掌

<   清き光が  みちあふれ  ますように  >

<   苦しみ  悲しみが  少しでも
        この世から  減っていきますように  >

<   自分中心に なりやすい
       でも、自分中心は、苦しい。

       自分を、はなれる、練習を。
           やはり、 呼吸 なのか?
          そのための、閑坐 なのか?
            (  静かな  時間  )
          そのための、善友なのか?

          そのための、真心なのか?
       
          そのための、嵐山大悲閣としたい
             もので、ございます。
              ( 笑 )( 笑えない )   >

    長くなりました、、、失礼いたします。
    

10月29日(火)   天地 と 一体

       私たちは、日々どのような心がけで、
     生活し生存し生命を、たもったらいいのでしょうか?

       それは、
     「  天地 と  一体  」
     「  天地 と  一如  」
     「  天地 と  一つ  」

       と、感じれるように、
     自分を、自分で、導かなければならない。

       とくに、
     『  職場  』
     『  学校  』
     『  家庭  』
       という、
     日常生活の場所で、

     問題が生じたり、
     前に進めなくなったりしたら、
     
     この
     「  天地 と 一体  」
     を、感じたり、味会ったり、体得しょうと
     <  心がけ  >することが、

     一番、楽だし、楽しい事と存じます。

   ( また、 経費つまり費用つまり、御金はいらない。)
   ( 天地の事だから  )
   ( 笑 )( 大笑い )

     とくに、
     『  職場  』 を  離れられた方々は、
     とくに、よい機会を 持つことが
     できた事と存じます。

     『  家庭  』  から、離れられた方々も、
     また、
     『  家庭  』  の義務を、終えられた方々も、
     よき チャンス なので、 ございます。

     『  学校  』  に通う、
     生徒・学生も、

     <  全ての人間の行いの 『  根底  』 には、
        『  天地と一体  』 と なりたい、という
        強い欲望・欲求・願いが、
        あるという事を、
        思っていただきたい。

        だれもが、求めているような、
        「  権力  」 も、
        「  権威  」 も、
        「  仲間  」 も、
        「  恋愛  」 も、
        「  趣味  」 も、
        、、、、、、、、、、、
        、、、、、、、、、、
        、、、、、、、、、、
        根本は、同じと存じます。    

        「  自由  」
        「  平等  」
        「  博愛  」

        また、
       
        「  活力  」
        「  公正  」
        「  安定  」

        も、根本は同じです。    >

       このように、考えると、
       非常に、楽でございます。
       つまり、前に進み易くなります。

       また、本当の意味の< ちから >が
       湧いてくるでしょう。

       50歳代、60歳代、70歳代、
       80歳代、90歳代、100歳代であろうと、
       < 「  天地と一体 」 が、
        ≪ ちから ≫の源( みなもと )です。  >

                   つづき   ます。

  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                    残月    合掌

<   この私  天地となりて  日をすごす
       雨も 嵐も   なんのことやら  >

<    ひとなりて   つきともなりて   ひをすごす
       ばんぶつはみな  ともだちいじょう (笑) >

   飛びながら    失礼いたします。

10月27日(月)  「 アンパンマン 」の父  6

     「  アンパンマン 」 の 父  も、
     「  鬼太郎  」  の  父  も、
     「  竜馬(がゆく) 」 の 父 も、

   現代の過酷な体験が、土台になってられる。
  戦後、日本国の繁栄も、戦争の苦悩を味会った
  方々の、御尽力によります。

   90歳以上の方々です。

   80歳代の方々は、もう戦争には、
   召集されてらしゃらない、かもしれません。

   70歳代、子供のころでしょうか?
   60歳代、赤ちゃんと、生まれていないでしょう。
   50歳代、( もはや、戦後ではない )
         繁栄期でしょうか?

  「  過酷な体験 」  「  戦争の苦悩  」
  次からの世代には、あるのか?

   人間を、鍛え、成長させも、する。
  「  過酷 な  体験  」
  「  痛烈 な  苦悩  」 は、あるのだろうか ?

     ございます。
   山のように、
   海のように、ございます。

    特に、 東北の大震災の、過酷さは、
  言葉を 失います。

    今の時代も、多くの問題が山積みです。

    古人、先人、先輩、先生方に
   負けないくらい、努力精進したいもので
   ございます。

     どうか、未熟な後輩、
         頼りない後進を、

         見守り、御導きくださいませ。
     何卒、よろしくお願い申し上げます。

   駄弁ながら、心あらたに。

                残月    大合掌

<  御病気の仲間の
       一日でも  お早い
           ご回復を     >

               失礼いたします。

10月26日(土)  元翁  三回忌

       本日、 「  元翁  三回忌  」でございます。
     嵯峨、小倉山 二尊院にて、厳修されます。

       本年は、「 了以翁 400年忌 」の、節目です。
   < その功積・偉業・遺徳を、偲び感謝し顕彰する  >事は、
     大悲閣千光寺にとり、重要な行事でございました。
       5月12日に、開催でき、皆さま方に感謝いたす次第で
     ございます。  大きな了以さまは、いたるところで、
     法要・記念行事が催されているようです。  なんと
     すばらしい事でしょうか。

       大悲閣千光寺は、< 了以翁顕彰 >の重要な
     一つの寺院でございます。   しかし、明治維新、
     先の戦争、度重なる災害、時代の変遷により、
     衰退し、荒廃してまいりました。  一時は、二度目の、
     廃寺への、 動きが生じたくらいでした。

       <  了以翁顕彰  >には、欠かせない寺院
    という認識が、御子孫の方々、地元の方々、翁を心から
    尊敬する方々にも広がり、寺院復興の機運が生じました。

       しかしながら、長引く不況と、大震災大事故が
    発生し、「 客殿 大改修 」 という、四〇〇年忌記念
    事業は、頓挫するところでした。

       ところが、了以翁を心から尊敬する
    三柴 元 様が、「  100年先にも、了以翁の精神は
    伝えられなくならない。  大悲閣の客殿が倒壊しそうだ。
   (  寄付金も集まらないみたいだし  )、このままでは、
    いけない。 」
    と、感じ、心配してくださっていました。
       多くの、<  このままでは、いけない。 時間も無い  >
    という思いの方々が、精一杯、奔走、御骨折りしていただき、
    とくに、二人の大姉さまの御尽力御尽心のおかげにて、
    <  元翁  >の御協力をいただく事となりました。
        感謝にたえません。 いかがいたしたらよいのでしょう。
          報恩の念が、日々強くなってまいります。

     大御協力者・支援者がいらっしゃらなければ、
    千光寺は、本堂なし、檀家なし、境内せまし、遠い、
    山の上、という現状なのに、(  客殿もなし  )となると、
    愚僧が生きている間はいいですが、
    30年後??、廃寺になる可能性がでてきます。

       《  客殿 が ある  》ことは、
    まだ、『  多くの方々のお役に立てる  』
    つまり、『  存続できる  』ことに
    強くつながるからで、ございます。

       本当に、三柴 元さま のおかげです。
     <  元 翁  >の御蔭です。
     ありがとうございました。
     100年先を、見据えて、
     世のため、人のため、
     <  了以翁の 精神  >を
     継承していきたく存知ます。

        愚僧にとりましたら、
    <  本堂再建  >という難事業を
    成し遂げることが、
    <  了以翁精神の 継承実現  >
    なることと、存じている次第でございます。
      また、
      禅僧といたしましては、
      禅寺の再建維持はさることながら、
      禅定を深め、慈悲心を養い

      禅心の覚醒を、皆さまにすすめたい
      ( 仏心 )

      そして、みなさん、
      おのおの、

      ここの人生
      ここの命
      ここの心

      ここの生活
      ここの生存
      ここの生命

      活かし 尽くし
      味合い 尽くし
      喜び  尽くし
      生き  尽くし
      、、、、、、、
      、、、、、、、
        たいものでございます。

 元翁に、感謝しつつ。
                残月    大合掌

<  了以翁 の  精神とは 何か?  >

<  禅定とは、 どういう事?   >

<  仏心とは、 何?   >

     よき一日でございますように。

           失礼いたします。
    
    

    

10月25日(金)  1周年( ブログ ) その2

    ありがとうございます。
 昨日、数人の方々に、祝っていただきました。
 初心にもどり、精進いたしたく存じます。
   どうか、よろしくお願い申し上げます。

   京都の寺院の御案内
   嵐山の史跡寺院の御案内
   角倉了以翁の顕彰
   吉田・角倉一族の研究
   嵐山の自然の賛歌
   
   大悲閣( 観音堂 )の再建
   千光寺の本堂の再建( 同上 )
   寺院の境内整備
   参道境内の購入
   鐘楼修理費の支払い

   心の世界
   精神世界
   宗教・哲学への御案内
   仏教入門
   修行のすすめ
   坐禅への導き
   諸宗教の根源の体得

   心学
   人格完成
   人間形成
   人間学
   死生観の形成
   人生観
   世界観

   菩薩になる
   悟りをめざす
   解脱をもとめる
   真人になる

   強い心、自由な魂、やさしい愛の人
   なれるような場所。

   絶景の維持
   京都一の絶景

   絶景から 絶観へ。

        ご指導ご協力を、
          謹んで、平に、衷心より
             御願申し上げます。

   駄弁ながら、思いつくまま
          御無礼ながら。 
               残月     合掌

<   海の水が枯れ  終に底が見えた。

   思いは、心でない。  思いは、海水です。  >

        大雨です、失礼いたします。

10月24日(木)   1周年 ( ブログ )

      おかげさまで、どうにか、
   1年、365日、ブログを続ける事ができました。
 もし、御読みくださる御方が、いらっしゃられましたら、
 心より感謝申し上げます。 ありがたい事でございます。

    ただ、遠くの故郷( 長崎県 五島列島 )に
  いる姉が、手紙一本書かない愚弟の消息がわかり、
  喜んでいただけていることは、確かなようです。( 笑 )
    年老いた母と、姉がいっしょに生活して
  いるので、小生は京都で生きることができています。
    ありがたや、ありがたや。( 笑 )
  (  個人的すぎました。 大笑い  )

    昨年の10月19日に、再再再出発。
       名前が、(  道忠  )おえて、
          覚悟したので、変名して
            その時、頭に浮かんだ
              (  残月  )に
               いたしました。
         でも、すぐに、パソコンを使えず、
           4日あけて
           5日目、24日から、
           始めました。
       「  毎日、書く事  」を覚悟してから、
        どうにか、おかげさまで、つづいてます。
      (  帰省の時、1日ずれたかな? )( 笑 )

    昨年の10月24日の文章の、最後の言葉に
         今、気づきました。 面白い内容です。
         1年前のこの日、頭の中に浮かんだ
         のでしょう。

      <   海枯終見底   人死不知心   >

      <   海、枯れて、終に底を見る 。
          人、死して、心を知らず 。    >

      <   海の水が枯れて、底が見えた 。
          しかし、
          人は、死ぬけど、心を知らない。
          だから、
          努力、精進、工夫して、

         「 人よ、心を知りなさい 」

         「 しあわせは、
            やすらぎは
              よろこびは、
                《 心 》を
                   しることですぞ  」

         「 思いは、心ではない。
           思いは、海の水。

           海の底を、
           想像してごらん。

           そこが、心です。  」

         「  生きることは、
            思いを、消すことです、

            いい思いを、実現して、消します。
            わるい思いは、実現しないで、消します。

            思いは、わいてきます。
            生きている限り。
            なるだけ、いい思いをもち、
            実現して、消していく。

            できるだけ、わるい思いは
            もたないように。( 笑 )

             心を、見たら。
             心に、気づいたら。
             思いに、ふりまわされなくなります。

             わいてくる思いも、
             減るでしょう。( 笑 )

             生きていながら、
             思いが、ないかもしれない。( 笑 )

             ただ、
             感じているだけ。 ( 大笑 )   」     >

                      つづきます

     駄弁ながら、感謝をこめて。

                       残月     合掌

  <  昨年の今ころのブログから、

           やわらかな心
           つよい心
           思い込まない心
           自分をはなれた心
           何かを信じてる心
           変化にふりまわされない心

            上の6この心は、1つの心。  >

    飛びながら、失礼いたします。
      よき一日で、ございますように。( 末筆ながら )
           

10月23日(水)  11月の  嵐山 大悲閣

      いよいよ、夏もおわり秋が近ずいてまいりました。
   嵐山地区は、台風による、水害が大きく、皆さま方
   苦労されています。

      その昔、渡月橋から川へ、飛び込んだと聞きますが、
  想像もできません。現在は、土石でいっぱいです。

     自然が、きびしい場所が美しいとは、真理のような
  気がいたします。 京都の夏と冬の、蒸し暑さと、底冷えは、
  言葉を失います。 住民が、必死で智恵をしぼり、生活の
  工夫をする事が、色々な文化創造の土台になっているような
  気がいたします。

      大悲閣千光寺そのものは、被害はございません
  でした。  正確には、今回の台風においては、でございます。
  戦後日本を襲った、巨大な台風による被害で、本堂は傷み、
  修理できずに解体となったようです。
     50年前の節目において、修理改修できていたら、
  本堂( 観音堂 )は、残っていたことでしょう。 残念で
  たまりません。 今回の節目において、客殿を修理改修
  できました事は、前回の大失敗を反省して、小さな信頼を
  築きながら、少しずつ皆さまがたの信頼の和が広がって
  いったからで、ございました。  世間的にみれば、小さな
  小さな小さな出来事かもしれませんが、熱い心、深い精神、
  のたまものでございました。
     現住職といたしまして、感謝にたえません。
  まことに、ありがとうございました。

     大悲閣道が、ございます。
  渡月橋から、大悲閣にいたる、川沿い1000メートル、
  山道200メートルの参道でございます。
     明治時代から、寺院を中心に拡張整備されて
  きました。  いい小道です。  すばらしい。

     今回の台風でだいぶ傷みましたが、行政により
  応急処置をしていただき、最低限の安全は確保できて
  いますので、どうぞ、御心配なく、御参詣くださいませ。

      ところが、
    2日ほど前から、問題が生じております。
  この秋、この11月に、この行楽時期に、
  美しい渓谷の、大悲閣道を、工事の車が通行する
  かもしれない、という事です。
    考えられないことです。( 笑 )
  想定外の出来事が起こる、昨今です。

    警備員の方々が、10人いらしたとしても、
  おかしい。  おかしい論理で物事を考えてられる
  ような気がいたします。
    もし、11月に決行するのであれば、夜です。
  これも常識です。 また、これが通用しない。
  変な時代でしょうか?  費用の問題ではないでしょうか?
  そのために、秋の嵐山を犠牲にしないでいただきたい
  と、切にお願い申し上げます。

    伏して衷心より 御願申し上げます。
  (  読んでくださる訳は ないですね  )( 笑 )

   駄弁ながら、嵐山を愛しつつ。

                  残月     大合掌

<  世の中は   無理と道理   せめぎあい
       あああ あああ と
         ため息 二つ    >

<  強引な  無理を承知の  人々よ
       愚僧が 説こう
         事の道理を     >

<  とおくから   げんばをしらず   しきをする
       いまもむかしも
          かわらぬ このよ   >

<  つきひとつ  てんにあるらし  くもりかな
        このよはかなし
           みずのながるる   >

             失礼いたします。

10月22日(火)  70年<学徒 出陣> 昨日

        昭和18年  10月21日
     「  出陣学徒壮行会 」 が 明治神宮外苑
    競技場で開催され、雨の中、約2万5千人が行進
    したそうです。

     戦争で戦う、兵士を増やすために、
   学校で、勉強している学生・生徒を『 召集 』したという。
   文科系 中心だったそうです。( 理工・教員は 除く )

     最終的には、戦況悪化にともない、
   100000人( 10万人 )以上が、戦場へ送られている。
   一部は、特功隊員として、敵艦へ体当たりされたという。

      『  もっと勉強したかったが、
       <  国家存亡の危機だ >と
       自らを、鼓舞した。  』 

      『  学業を あきらめ、
        戦争に 行かざるをえなかった人が
        いたことを、
        今の、若い世代に
        知ってもらいたい   』 

      『   若い世代に
        史実を、伝え続けるためにも、
        碑を残してほしい  』  ( 元  学徒 )

           ・ 石碑  
           「  出陣学徒壮行の地  」

      私たち人間は、よく争います。
   日本人 同志 の  戦争の時代も、長いです。
   他の国家とも、数度、戦争をしています。

      日常生活でも、軽い争いは、多いです。
   我、つまり、( 自分の都合・利益 )と
           ( 自分以外の人の都合・利益 )が、
               ぶつかるのでしょう。

      ゆずり合い しか  ありませんか?
     「 すき 」 が  あると、文句いう、責める、攻撃?
      尊重し合う  しか  ありません。
      愛し合うのです。( 笑 )
      認め合うのです。(  でも、むずかしい  )
     『 争わない 』と、覚悟を決めて、少しずつ
          少しずつ、和合をすすめたい、
              もので、ございます。( 笑 )( 笑えない )

     < 今は、 国内の、武器による争いは、終わっている。 >
           を、小学生から、教えなければ、なりません。
     その意味は、
 <  いつでも、そのように、なりうる、という事です。
              戦乱の世は、いつでも、もどるかもしれない。 >
  <  現代の意味  >
  <  平和の価値  >
  <  社会に発展とは、何か? >
  <  縄文時代から、21世紀までの意味? >
  <  人が治める、法が治めるの違いについて >
   、、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、

     学徒出陣の若者の《 無念 》を
        観じながら       
                   残月     合掌

<   もっともと  しつかり生きよ  こえがする
       まなびまなんで 
            このよにつくせ   >

<   時をもち  しずかに一人  本を手に
       ぜいたくすぎて  
         草をとるかな     >

<   戦乱が  常なる如し  この世かな
       心を 語る
          うしろめたさよ    >

<   ある国で  餓えに苦しみ  爆死たる
       犬猫食す
          人がおるなり   >

<   いまにいき   いまをつくりし  わこうどの
       おんをいだきて
          いまをいかせよ   >

        駄歌ながら     失礼いたします。

10月21日(月)  「 アンパンマン 」 の父  5

     タンポポを  食べた日々
     が、あったそうです。

     弟さまは、
     人間魚雷「 回天 」かいてん、の
     特攻隊員だったそうです。

     94歳で、亡くなった。大ヒットは
     69歳の時だったそうです。

     「 やなせ先生こそが、
       アンパンマンです。
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       悲しすぎて、
       まったく力が入りません 」
             (  関係者 )

     『  アンパンマン が 
        助けにくるから
        地震は
        こわくない   』

             ( 被災地の こども )

   愛と勇気を語りつづけた
       やなせ  たかし様に感謝しつつ

                 残月    合掌

<   勇気 と何だろうか?

       一歩  すすむ  勇気
       一歩  さがる   勇気

       今 に  あまえるな
       今 に  くじけるな

       もっと、 愛せよ
       もっと、もっと、愛せよ

       自分を
       自分以外を
       全てを          >

                 失礼いたします。