9月30日(月)  絵画( 絶景 )の完成、展示。

   客殿からの眺望の絵画が、完成いたしました。
< 絶景 >と、宣言いたしてます、景観でございます。
小生、数年前から、< 京都一 >とまで申しています。
( 笑 )( 大笑 )。

  でも、なかなか、いい写真が撮れません。
( パノラマ、広角レンズならいいのでしょうか? )

  すると、ありがたいことに、不思議な事に、
絵画を制作した経験のお有りの方が、身近に
いらっしゃるではございませんか。
  いつも、御寺を助けてくださっている御方です。
力仕事もおできですし、案内もしてくださいますし、
なんでもおできになる御方と、常日ごろ、
感謝てましたら、
なんと、< 日本画 >も習ってられて、
グループの展覧会にも、出品されてられるとの、
ことでした。

  
  御願することに致しました。
次の展覧会には、大悲閣客殿からの、
< 京都一の( 絶景 ) >を
えがいていただきませんか?と。
  すると、ありがたい事に、
「 いいですよ 」とおっしゃられるでは、
ございませんか。 ありがとうございます。

  先の冬から春、そして初夏に
御完成、展覧会、この秋≪ 展示 ≫と
あいなりました。 ありがとうがざいました。

  大きな絵画です。 ( 00号 ? )
どこに展示されているのでしょう。

  渡月橋、正確には渡月小橋から、
始る< 大悲閣道 >1200メートルの
最初の階段の横でございます。

  つまり、小寺院の真下でございます。
画伯の御理解・御了解のもと、
傷みを覚悟の上にて、
屋外展示とさせていただいて、ございます。

  どうぞ、皆さま御覧くださいませ。
ここから始まる、階段と坂道が、
体力的に困難な御方は、
 < 絵画 ( 京都一の絶景 ) >
を、あじあってくださいませ。

  足腰が、標高100メートルを
問題になされない方々は、
御自身の御目にて、あじあってくださいませ。

  10年ほど前は、京都タワーがよく見えて
ましたが。樹木が、大きく成り過ぎて、
残念ながら、見えなくなってしまいました。
  海外の方々には、京都の全体像が
つかめると、好評でした。
  公有林です。
行政の方々の、御理解をいただきたい点で
ございます。  むずかしいでしょうが、
どうかよろしくお願い申し上げます。
(  陳情になってしまいました )

                 つづき   ます

  大悲閣の画伯に、感謝をこめて。

                残月     合掌

<  清き光が  伝わりますように  >

<  悲しみ   苦しみが
      少しでも  へりますように  >

<  御病気の  ご回復を    >

            失礼いたします

9月29日(日)  参詣者< 金曜日 >

   鐘楼の下方の、樹木の枝落としを
していました。 今回、10年以上前に切った、
樹木の切り口と対面しました。( 笑 )
  懐かしい気がいたしました。

 小生が入寺させていただいた頃、
数十年、手をいれてなく、木々が生い茂り
せっかくの山の上の寺なのに、
眺望が、活かされていませんでした。
  毎日、コツコツ、仲間とともに、
手を入れていった頃が、思い出されて
なりませんでした。

  
  すると、どなたでしょうか?
ふうふう 言いながら、坂道を登ってこら
れる方が、いらっしゃいます。
  どうしたのでしょうか?
真剣な感じです、お体も大きく重たそう( 微笑 )、
観音さま御信仰の御方かな?
  ご夫婦ともう一人です。

  剪定をすすめていますと、
仲間が呼びにきました。
 「 御客さまですよ 」

  先ほどの御一行様です。
「  私たちの先祖が、
    どうも、嵐山の奥に居ると、
      いわれました。

    東京からです。前回は、
  向こう岸を調べましたが、分かりません。
  今回、こちら側に来ました。  」

   御名前は ?
    00です。
   400年くらい前でもいいですか?
   いいです。

   この寺を作られた、了以翁のお孫さん
     に、嫁入りされた御方がいます。
       御墓は、二尊院にございます。
   え え え  そうですか
   やはり、そうですか。( 驚愕 )

  「 そこが、こまっているから、たすけなさい。 」
   といわれたそうです。
     御茶に、御菓子に、小冊子( 1年分 )
     御布施も。

     御茶を捧げ、飲み、土地にもどうぞ、と、
     ( 土地の問題が、残っています )
     うまく進みます、と。

     種をまけ、いわれたそうです。
     まさに、< 心の種(たね) >です。
     菩提( ぼだい )の種
     解脱( げだつ )の種をまけと、
     いわれたそうです。

     まさに、愚僧が目指している事で
     ございませんか。

      私たちが、
      <  強い心  >と
      <  自由な精神( 魂 )  >をもち、
      <  やさしい愛の人 >になることです。
       この、現代社会、仕事、取引商売、
           学習、学問、研究でも、
           実生活、日常の中でも、です。
          ( ここが、大切です )
      ( 出家のいい面、悪い面を考えて )

     
      ここです。  ここだと思います。
      、、、、、、、、、、、、、、、、、、
      また、来ます。
      遠いですよ。
      年内にきます。
      、、、、、、、、、、、

      不思議です。不可思議です。
 (  考えられない  普通の論理・理論ではない  )
 (  常識でない  非常識の世界  微笑。   )

      ありがたい、不可思議です。

   不可思議な話でした、敬と愛をこめて
              残月   合掌

<  自分に 都合の悪い人のために
      < 祈る >とは?
       自分の都合とは?

    敵( てき )ために、< 祈る >とは?
         敵とは?

      人間どなたでも、本来もっている、
   「 良心・本心・真心 」が、よりよく、
   あらわれますように、と、祈るのでしょうか?
  自分自身も、そのようになります、とともに。

     神の光
     仏の光が、
     この世に、私たちに、
        この心に、この身体に、
          あらゆる文物事に、
         
          とどきますように。
        受けることが、できますように  >

   駄弁ですが、先日のつづきです。
                  失礼いたします。
      

     

   

9月28日(土) 神父さま(プリント 4の2)

   昨日の(  平和を もとめる 祈り  )は、
イタリア、アッシジの 聖フランチェスコの 詩です。

  ご存知の方も  多いことでしょう。
このブログでも、2回目でしょうか? ( 笑 )
彼の生涯の映画を紹介させていただいた事は
覚えていますが。
< ブラザーサン、シスタームーン >でした。

  カトリック系の学校では、よく詠まれてる
ようです。  幼い友人の生徒手帳にも、ご
ざいました。

  インドで御活躍のマザーテレサさまは、
この詩の( 精神 )( こころ )を実践しようと、
学校の先生をお辞めになられた事は有名です。

  新しいローマ法王が< フランチェスコ >
という名前で、< この世の、世界の、まずしい
方々に寄り添う >と 宣言なされてます。
 確か、南米の御出身です。
   近頃、新聞によりますと、
法王が、いろんな所、いろんな方に
直接、お電話なされているとの事でした。
 「 どう、およびしたら、よいのか?」
みなさま、とまどうそうです。( 笑 )
 「  パパさま  」で、いい、とか。
そのような記事でした。
  
  ある事件の被害者の御家族にも、
なぐさめの電話を、まさに直接、
なさられたそうです。
( なんと、したことでしょう、、、すごい )

  前法王さまは、
東日本大震災の後、日本の少女からの手紙
に、丁寧にお答えなされてました。
 この御方は、生存中に、法王の地位を
ゆずられて おいでです。 珍しい事だそうです。
(  ある茶道の御家元さまも、次の世代に
   ゆずられました。 珍しい事とのこと。 )

 また、御存じの方々も多いでしょうが、
京都の北の( とがのお )の高山寺と、
イタリア、アッシジの教会とが、
友好関係を結ばれています。

  なぜでしょうか?
同じ時代、西洋と東洋で、
同じような生き方をなさられた宗教者が
いらしたと、多くの方々が感じたからで
ございます。

  イタリアの フランチェスコさま 
  日本の   明恵さま       
で、ございます。

   明恵上人の御言葉です。

「  あるべきようは?  らしゅうせよ。  」

(  私たちは、どのように、生きたらいいのでしょう? )
(  らしゅうせよ。                      )

  僧侶は、僧侶らしく  < 反省 >( 笑 )
  人間は、人間らしく
   親は、 親らしく
   男は、 男らしく
   女は、 女らしく
  子供は、子供らしく
  先生は、先生らしく
  商人は、商人らしく
  、、、、、、、、、、
  、、、、、、、、、
  、、、、、、、、、

      でも、むずかしい
     だから、ちょうせん
     そして、くふう
     ゆえに、すすむ

   明恵上人の「 絵 」が残っています。

   木の上、切り株の上で、
 坐禅されてます、
 禅定に入っています
 心身をすてています
 空、
 法( 真理 )を見ています
 仏にまかせています
 光をあびられています
 護法の龍神が、

 ただ 坐られてます
 、、、、、、、、、、

    ( くふう )が、( すすまない )時、
  私たちも< 坐ったら >いいのです。
    木の上でなく ( 笑 )、
    畳の上で、
    イスの上で、
    バスのシートの上で、
    、、、、、、、、、、、、、

    <  閑坐  数息  静慮  >です。

  駄弁を弄してしまいました。
       ただ 敬と愛とともに。
          未熟なれど。     残月  大合掌

<   敬天(  けいてん )   >

<  あつさなく  
     さむさもなくて  
      うれしとき
         せすじをのばし   
          とうきそらみる  >( 残 )

   飛びつつ      失礼いたします

9月27日(金)  神父さま 2 ( プリント 4 )

      平和を  もとめる  祈り

  主よ 

 わたしを  あなたの平和の道具として  
 お使いください。

    憎しみのあるところに  愛を

    いさかいのあるところに  ゆるしを

    分裂のあるところに   一致を

    疑いのあるところに   信仰を

    誤っているところに   真理を

    絶望のあるところに   希望を

    闇に            光を

    悲しみのあるところに  喜びを

 もたらすものと   してください

    慰められるより   なぐさめることを
   
    理解されるよりは  理解することを

    愛されるよりは    愛することを

 わたしが   もとめますように。

    わたしたちは
     
        あたえるから   うけ

        ゆるすから    ゆるされ

        自分をすてて死に

        永遠の命を   いただくのですから。

                アーメン

     共に、味会うために、敬と愛をこめて

                      残月   大合掌

<   昨日の神父さま
    
     「  わたしたちは
           自分の都合の
              悪い人の

         ために祈って いるだろうか? 」
                                 
                                >

 <    無量( むりょう )の心

      無限の心 の 現われが、祈りではないか。

     「  読経も、本来、祈りと存じます、神父さま。 」 >

       飛びつつ      失礼いたします。

9月26日(木)  神父さま

   昨日、時間がちょつとございましたので、
鐘楼の下の所の、樹木の剪定をしていました。
久しぶりで、そうとう伸びていました。

  参詣の御方方が、坂道を登りながら、
屋根の修理のできた鐘楼や、
大改修していただいた客殿が、
視野に入ったら、
励みになるし楽しいだろうなーと存知、
 せつせと、ノコギリを使っていました。

  
  すると、なんとした事でしょうか、
参道から参詣者の御方が見えるように
なっているでは、ございませんか。
 それに、愚僧に声かけてくださって
いるではありませんか。

  平日なので、1日10人も
参詣の御方はいらっしゃいません。
(  はて、 どなたでしょう ? )

  なんと、(  神父さまだ。  )

  ほんとに、長い事、交流を
もたしていただいている先生です。
  よく宗教について
 語り合い、色々教えていただいています。
キリスト教から観た仏教、
仏教から観たキリスト教、
他の宗教などの事です。

   神父さまも愚僧も、
自分が立っている宗教に、
こだわりが無い、という共通項があります。( 笑 )
それと、共に、なぜかしら、愛犬家です。( 大笑 )
 今、16歳の老犬< りょう さん >と暮ら
してられます。

  12年ぶりくらいに、教会の移動があったそうです。
< 一所不住 >を、
カトリック教会は実行されています。
なんでも、10年いると、マンネリ化しやすいし、
どこでもおこる、よくない事が、生じやすくなりますから、
だとか。( 大反省 )
  それに、家庭をもたず独身であられ、
神さま、教会を中心に御生活されてらっしゃいます。
                      

  自然に教えられ、反省させられる事ばかりで
ございます。  以前、インドの神父さまとごいっしょ
だったり、また教えてられる学校の高校生さんらとも。

  数年前、面白い食事会がありました。
神父様の信者さまの、企画でしたが( 笑 )、
  日本人のカトリック神父さま、
  アメリカ人の在日数十年の禅僧の出会いです。
そういえば、
  信者さま御夫婦の奥様は、アイルランド系の
御方でございます。

   人種・宗教・国家に、こだわらない、
人間の交流です。 文化交流です。
まさに、楽しからずや、でございます。

  
   電話連絡もお互いせず、
神父さまも、愚僧も、たまたま、時間ができ、
昨日お会いする事ができました。  この喜びが、
大きいため、御話させていただきました。

  思えば、20歳代から、30年間の
ありがたい、ありがたい、出会いと語り合い、
でございます。(  1年に1度、会えるか
会えないか、でございますが、 )

    駄弁ながら、喜びのあまり、
        敬と愛をこめて
                  残月  大合掌

< 清き光が  あまねく  伝わりますように
     私たちが  素直に  感じられますように >

<  苦しみ  悲しみが  少しでも
      無くなりますように   >

<   神父さまと愚僧の、昨日の語らい。

    「  祈り ですね  」

    お互い、うなずきあう。
      神さま、仏さまの もと 。    >

< 「 この瞬間にも、苦しまれて方々が、
      いらっしゃいます。 」

     、、、、、、、、、、、、、、、、

     、、、、、、、、、、、、、、、、、   >

    飛びつつ    失礼いたします。
     

9月25日(水) <秋分の日>の次の次の日

   やはり、大切な事ですので、
くりかえします。

  < 秋分の日 >
  <  中日 (ちゅうにち) >
  の、事実を信じるという事です。

 「 夜と昼の長さが同じ 」

 「 陰陽が半分半分の世界 」

 「 偏り( かたより )ない世界 」

 が、存在するという事実を

 認め、信じる事が、

 人生とても、とても、

 大切で、重要です。

  このことは、
< 神を  信じる >
< 仏を  信じる >こと、より、

 より信じやすい。
 自分で研究したわけではございませんが、(笑)
 教科書にも出てきますし実感しやすいです。(笑)

    とにかく、
 (  かたより  )
 (  不調和  )
 (  もめごと  )
 (  混乱  )
 (  矛盾  )
 (  葛藤  )
 (  あらそい )
 (  紛争  )
 (  戦争  )
 (  いさかい )
 (  ケンカ  )
 (  対立  )
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、

  を、当然だと< あきらめない心( 精神 ) >
                 ( スピリット )

     が、大切です、重要です。

    私たちは、「 あきらめやすい動物 」
  のような気がいたします。
  あきらめると、せっかくの、
     ( 成長 )
     ( 発展 )
     ( 進化 )
     ( 成熟 )
     、、、、、、
     、、、、、、
     、、、、、、
     、、、、、、
    が、できなくなってしまいそうな気が
    するからで、ございます。

   私の知性・理性は、不可思議な事を

  認め、信じることを、許さない。( 笑 )

  と、おっしゃるかもしれません。

   調和の日・秋分の日の存在の事実は、

   どなたも、否定できません。

   < 宇宙の法則 >ですから。( 大笑 )

   一日だけです。
   一年に、二日だけです。
   たった、365日の内の2日だけ。( 春・秋 )

   でも、この2日を、
       <  調和の事実  >を、
      のこり、363日に、活かそう、
    という、< 先人の教え >のような気
  がしてなりません。

     私たちは、色々な事があり、
  赤ちゃん時代・幼児期の体験など、
自分の意志と関係なく、色々な体験があり、
その後の事もあり、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

  なかなか、<  理想の心の状態  >の
存在を、信じきりない方々が、多いような気が
、愚僧ながら、僭越ながら、時々感じます。

  この<  理想の心の状態  >
認め、信じ、こいもとめる、が、

  人生、いくつになられても、
 80歳・90歳・100歳になられても、必要です。

  「  死んでからも  」と、おそろしい事を
おっしゃられた、先人の御方もいらっしゃいます。(笑)

  < 向上心 >です。
< 自分自身の (成長)(成熟)を願う、み心です >
  まわりの方々も、うれしです。
     みんな、よろこび、いわいます。
     人生に、花をさかせたい。
      心に、花をさかせた。

     仏教の言葉では、
  < 菩提心 をもつ  >
  < 菩薩になる >
  < さとりたい >( ふりまわされたくない 、
             (  自分に、自分以外に )
             ( 独立・自由 です )
             ( 慈悲・愛です )

      時間がなくなりました。

  駄弁ながら、敬と愛をこめて。

                  残月     大合掌

<  清き光が  あまねく  伝わりますよう  >

<  宇宙の法則・心(笑)に
       そって、よりそって、
         みなさまとともに、
     この世を、
       生き抜きたいものでございます  >

     飛びつつ   失礼いたします

9月24日(火) <秋分の日>の次の日

    昨日、京都北野のある寺院で、
   秋期彼岸法要を厳修いたしました。

    大悲閣千光寺とちがい、墓地があり
  檀家さま方が、いらっしゃいます。
  多くは、ございませんが、よい関係が
  構築できつつ、ございます。
    仏教をとうして、
   ご家族、ご一族の悲しい
       < 死 >の出会いから、
       < 仏 >に出会い、
    < 人生 >を、見つめたいものです。

     < 命 >の( おわり )。
     < 私 >の( おわり )。

   < 自意識 >の( 消滅 )しょうめつ。
   < 肉体 >の  ( 崩解 )ほうかい。

    < 家族 >から
    < 社会 >から
    < 国 >から
    < アジア >から
    < 北半球 >から
    < 世界 >から
    < 宇宙 >から、
       「  遊離  」か?
       「  脱出  」か?
       「  同化  」か?
       「  消滅  」か?
       「  崩解  」か?
       「  守護  」か?
       「  退場  」か?
       「  卒業  」か?
       「  終了  」か?
       「  成熟  」か?
       「  解脱  」か?
       「  菩提  」か?
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、

       ( 色々な見方、考え方、生き方 )

       < いのち >
       < 私 >
       < 自意識 >
       < 心 >
       < 肉体 >を、活かしたいもので
             ございます。

    ≪  肉体  ≫は、確かに、『 有限 』ですから。
        ( 笑 )( 笑えない )

    とりとめのない、駄弁なりました、お許しください。
       敬と愛をこめて。

              残月    合掌

 <  清き光が  あふれ ますように
       素直に  感じられますように  >

<   あらゆる ものが  粗末にされません
         ように   >

<   心の強さと
       魂の自由さを もとめますように

     そして、やさしく 愛の人( 笑、てれますね )
          やさしい 大きな人
             に なれますように   >

<  御病気の( なかま )の、
      一日でも  お早い  ご回復を  >

     走りつつ    失礼いたします。

9月23日(月) 秋分の日<お彼岸>

   おめでとうございます。
秋分の日を、迎えることができました。

  夜と昼の長さが、ちょうど半分づつという、
平等というか、中間というか、真ん中というか、
偏らないというか、バランスいいというか、
平衡というか、調和というか、

  なんだか、嬉しい気分になります。
ありがたい事です。 ありがたや、ありがたや。

  一日だけです。 
生きること、
生きて行くこと、
生き続けることは、まさに、

  平衡がくずれ、
  調和がみだれ、
  バランスがとれず、
  偏り( かたより )、
  真ん中をみれず、
  中間にたてず、
  差別してしまう、ことでもございます。

  日々、毎日、この日常を
修復しているのが、人生だとも、申せます。
解決にいどむのが、仕事だとも、申せます。

  万事、森羅万象そうかもしれません。
政治もまさに、そうですし、
経済もまさに、そうですし、
商業もまさに、そうですし、

健康もまさに、そうですし、
精神もまさに、そうですし、
人間関係もまさに、そうですし、

、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、

  とにかく、
乱れます、
秩序がなくなります、
混沌です、
乱雑です。

 あきらめず、ひるまず、
あくいをもたず、にくまず、うらまず、
くるしまず、かなしまず、
くさらず、おこらず、
  日々、反省と勇気と愛をもって、

  < 秋分の日( 春分の日 ) >の存在を
信じることによって、

あらゆる、日々の諸問題を、
笑顔で、解決していきたいもので
ございます。

  そして、「  遊んでるだけさ  」と、

  いいたい、ものでございます。( 笑 )( 大笑 )
                     ( 泣き笑 )

    駄弁です、敬と愛をこめて

                  残月    合掌

<  御施餓鬼法要( おせがき )
      餓鬼に、ほどこせてもらう

     苦しむ、餓鬼さまへ
       法要だけでは、
         あきませんね( 反省 )

      精神世界から、はじまります。  >

<  世界中には、まだ まだ、
       飢え、餓えが、あるという。

     『   食べ物がない   』

      この 苦しさよ
      この 悲しさよ
      この さびしさよ
      この せつなさよ
      、、、、、、、、、、、
      、、、、、、、、、、         >

   反省しつつ、失礼いたします。

  

9月22日(日) India印度<プリント 3> 2

   おはようございます。

 「 seven    social     sins  」 の日本語を
記述するのを、うっかり忘れてました。
申し訳ございません。 

 『  7つの  社会的 < 罪 >  』 です。

   昨日、ある寺院で、簡単に説明いたしました。
本堂に(  三国伝来  )の文字が、掲げてございました。
まさに、仏教は、印度( 天竺 てんじく )から、中国へ・
そして、日本へ伝わってきています。
  まさに、三国伝来の文化・宗教でございます。

  そこで、私たちの仏教文化は、
印度とも深い、つながりがある、という事を、
どなたも、御存じでしょうが、御話いたしました。

   今、面白い事を思い出しました。
 京都市内の二条城近くの<  神泉苑  >は、
印度に通じているのでした。( 微笑 )
 平安時代に弘法大師空海和尚さまが、
印度の龍神さまをお呼びして、雨を降らせたそうです。
 さすがで ございます。( 微笑 )

  ( 皆さま御存じのように )
   マハトマ・ガンジーさまは、
 イギリスからの独立において、
徹底した不服従・非暴力の運動を始めた方です。

   「  暴力  と   食事  」

 私たちは、暴力をふるって、食事している事を、

 絶対忘れては、ならないですね。

 最高の感謝を、捧げたいと心から存知ます。

 イスラム教は、御祈りを捧げながらの

 調理法を、のぞんでいます。

 心がけが、すばらしいですね。

 感謝を忘れると、

 自分自身の< 傲慢  ごうまん >さ、

 に苦しむ事になりがちです。

 個人的< 罪 >でしょうか。

 世界が小さくなり、

 楽しくなく なりそうで ございます。

          つづき   ます

   駄弁です       残月    合掌

<   秋彼岸  亡き人の名を  呼ぶ日かな   >

<   よもすがら  亡き人思う  彼岸かな   >

<   秋分や   心も静か   天高し   >

<   彼岸むけ  本堂みがく   愚僧が手  >

           失礼いたします   

9月21日(土) India印度<プリント 3>

   御彼岸週間に入りました。
  大悲閣( 千光寺 )以外でも
御手伝いしたり、法話をしたりします。

  この秋は、インドのガンジーの
言葉についてです。 客殿プリント 3
に、したいと存じています。
 ( ナンバー 1  も、終わって
   ないのに、スミマセン )

   seven   social    sins

1      politics   without     principles

2     wealth     without     work

3      pleasure   without    conscience

4      knowledge   without     character

5     commrce    without    morality

6     science       without     humanity

7     worship     without     sacrifice

 1     理念(りねん)なき    政治

 2   どう働なき         富

 3   良心なき         快楽

 4   人格なき         学識

 5   道徳なき         商業

 6   人間性なき        科学

 7   献身(けんしん)なき   信仰 

    考えてみてくださいませ。

  愚僧など、
    「  献身なき   信仰  」の言葉が
          身と心に
             刺さります。 ( 笑 )

              痛いなー。 ( 大笑 )

     どなたも、御存じかもしれませんが、、、。
                   つづき   ます。

              残月     合掌

   追伸     今朝の残月( 天体です )
               なんと、
                 すばらしく、
                    美しいこと。
           水色の中の 淡く白い月、ひとつ です。
         「  朝日あび  ふりむく空や  淡き月  」(駄)

                 小生とは、
                    関係ございません。
                          ( 大笑 )

              ( 言葉にせざるおえませんでした。)

 <  この世から、  悲しみ   苦しみ  が

         少しでも  へっていきますように   >

     飛びつつ  失礼いたします。