8月31日(土) ある言葉 9<観音 3>

  謙信公 家訓

6 「 心に  誤りなき時
         人を 畏れず 」  その3

 私たちが、いつも、いつも、
お天道さまと共に、生きれて、
また、自分以外の方々を悪く思わず、
自分の利益中心でなくても生きれる、いい境遇に
生活できたらよいですが、

 自分を守り助け協力してもらい、さらに教えてもらい
訓練してもらい鍛錬してもらえるような、いい環境、
家族、親族、地域、町村、社会、国家、世界に
生まれ、育てられたら、
私たち人間は、どんなに幸福でしょうか?

 現代日本社会は、どうにか土台は達成できた
ような気がいたしますが、問題、課題は山積みです。

 世界は、もう大変です。

     でございますから、
  自然に、お天道さまと共に生きれず、
清廉潔白にもなれず、我利我利で苦しみに
生きてしまいがちで、ございます。
  つまり、
「  誤ってしまい、人を畏れ、  」
  人間が、「 ひねくれ  曲がってしまう 」。

  つまり、 その3 でいう

「 素直 」 「 率直 」 「 正直 」に、なれず、
苦しんでしまいがちです。

   あやまりやすい人間を、
   人をおそれやすい人間を、
   ひねくれ曲がる人間を、

   どんな状況であろうと、
  曲がることなく、直( ちょく )に
たもって もらおうと  しているのが、
もろもろの、宗教のような気がいたします。

   そして、仏教の中の< 観音さま >は、

 別名 『  施無畏  ( せむい )  』
といい、(  おそれが無い 状態を  ほどこす  )
菩薩( ぼさつ )さまと、いわれてございます。

           つづき   ます

  駄弁ながら、< 直 >をたもつために。

                  残月    合掌

<  一日  しあわせで ございますよう  >

< 苦しみ 悲しみの  消滅を  すこしでも >

< 不平 不服 不満  の前に 一工夫  >

< 一日一善   人知れず、損をする
           ゴミひろいの時間は、損?
           損にして、損にあらず(笑) >

<  ただ、尽くす。
   尽くせる何かが、無いのであれば、
   何もしない事に、尽くす。

          坐禅・念仏・題目・・・
      行いを捨てることに尽くすー坐禅
      思いを捨てることに尽くすー念仏
      、、、、、、、、、、   >

  走りながら     失礼いたします。

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