7月14日(日)  御盆・  死者を思う

      死者を思う。
     死者に感謝する。
    死者に、好物・好きだった品をささげる。
   死者の、幸福を祈る。( 冥福  死後の幸せ  めいふく )

      苦しんで、死をむかえた人を思う。
     悲しんで、死をむかえた人を思う。
    無念の、死をむかえた方を思う。

     どうか、安らかな死後で、いていただきたい。
   苦しみ・悲しみ・無念さ・怒り・やるせなさ・・・
 どうか、克服していただきたい。
   それには、
  私たち、今の生存者の、生者の< 生き様  生きざま >
 ( 次第 しだい )  でしょうか?

     現在の日本人は、
   先の戦争による戦死者、死者によって 、支えられている。
 『  支え  』 に、絶えず、感謝の思いを、捧げなくてはならない。
   国家の 貿易による 「 < 食物 >に支えられ 」てもいますが。(大笑い)

   < 個人の生存 >を 超えた、何かを、考えなくてはならない。

   < 日本人としての、個人の生存 >
   < アジア人としての、個人の生存 >
   < 人間としての、個人の生存 >

   < 個人の生存 >なんて、小さくて弱いものです。
   社会・国家の形・体制・法律・権力・権威によって、
   支配されることが、多い。
     人類10000年の歴史でも、
     人間 3000年の歴史でも、明白です。

    先の戦争の後、
   日本が、北海道は、0000国の支配、
         本州は、0000国の支配、
         四国は、0000国の支配、
         九州は、0000国の支配と、なっていたかもしれません。

    そうなると、< 今の私・自分 >は、どうなっているであろうか?
   < 個人の生存 >の ありようは?
   どのように、( 物・事・人・心 ) を、とらえ考えて、
  いるので あろうか?

    『  天地に支えられた< 個人の生存 >  』
    『  神仏に支えられた< 個人の生存 >  』
    『  父母に支えられた< 個人の生存 >  』

    『  地域に支えられた< 個人の生存 >  』
    『  社会に支えられた     ・
    『  国家に支えられた     ・
    『  アジアに支えられた    ・
    『  世界に支えられた     ・

    
    『  地球に支えられた     ・
    『  宇宙に支えられた     ・

    『  過去に支えられた     ・
    『  未来に支えられた     ・

    『  心に支えられた       ・
    『  愛に支えられた       ・

    『  空に支えられた       ・

    『  真理に支えられた     ・
    『  原理に支えられた     ・
    『  価値に支えられた     ・

    『  通貨に支えられた     ・
    『  金銭に支えられた     ・

    『  身体に支えられた     ・         』
    『  物品に支えられた     ・         』

       恥かしながら、忘れていました。

    『  悲しさ
    『  苦しさ
    『  憎しみ
    『  恨み  がある、もつ、とらわれた、
             支配された、忘れられぬ、
                   < 個人の生存 >  』

        < 個人の生存 >の在り様の< 自覚 >から、
      様々な「 <  個人の生存 >の<  消滅  > 」、
    つまり、「 <  死  > 」が、
   様々に、とらえ考えることが できます。

            つづく

     駄弁ですが、真剣に
                      残月   合掌

 <  霊とは何か ?   魂とは何か  ?
      されど、

        心からなる、
           慰霊( いれい ) なぐさめ
           鎮魂( ちんこん ) しずめるを、、、。  >

               失礼いたします。

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